もう1か月以上経ってしまいましたが、下北沢ザ・スズナリで上演された、櫻井智也作・演出・MCR『死んだら流石に愛しく思え』を観てきました。

2015年初演の再演版で、私は初演は観ていません。

実在したシリアルキラーの事件をモチーフにした作品ということは知っていましたが、それ以外の情報は入れずに観に行きました。

 

ポンポンと飛び交う台詞は相変わらず心理の裏側を鋭く突いてきて、「これ!これ!」と櫻井節が楽しかったし、

凄惨な題材なのに笑いを投げ込んでくるかと思えば、

直接的な表現ではないのに背筋が凍るような場面もあり、

ところどころに差し込んでくる光を感じたりもして、と、

 

これは演劇作品として、「傑作」ではないか?と思いました。

 

MCRの作品は、暴力性や狂気を秘めている部分もありますが、お行儀のよい芝居では得られない演劇体験ができたと思います。

 

以下、ネタバレありの感想です。

 

 

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2019年5月12日(日)

下北沢ザ・スズナリ

作・演出・櫻井智也

出演 川島潤哉 奥田洋平 後藤飛鳥 堀靖明 伊達香苗 笠井幽夏子 澤唯 わたなべあきこ 北島広貴 志賀聖子 加藤美佐江 おがわじゅんや

 

 

 

 

主人公の川島(川島潤哉)のモデルは、1960年代から80年代にかけて、アメリカで連続殺人事件を起こした「ヘンリー・リー・ルーカス」で、作・演出の櫻井さんは、ヘンリーに関する本を読み、ヘンリーはなぜヘンリーになったのか、ということに思いをめぐらせてこの芝居を作ったとのこと。

 

観劇後に、「ヘンリー・リー・ルーカス」についてざっくり調べたのですが、売春婦の母親から想像を絶する虐待を受けていたこと、やがて母親を殺害し、仲間と恋人との3人で殺人の旅を続けたことなど、この作品の中でもかなり事実に沿っている部分もあって、実際にヘンリーが語った言葉も台詞の中に散りばめられていました。

 

ですが、ただ事件をなぞるのではなく、恋人と別れたばかりの幽夏子(笠井幽夏子)というもう一方の話の軸があり、幽夏子の夢の中に川島が出てきて、それはとてもリアルで、幽夏子はまるで自分と川島が一体化していしまいそうな恐怖を覚えるのですが、やがて、幽夏子と川島が時空を超えてリンクしていくという構成になっていて、観ている側も現実と夢が混在する感覚の中に放り込まれました。

 

逮捕された後、刑事の櫻井(櫻井智也)による取り調べの会話から、「なぜ、こんなことをしたのか。」「そうなったのか」ということに対する、作者の櫻井さんの答えが提示されていましたが、それは訳知り顔な推理でも、断定でもないところに、この題材への真摯な向き合い方を感じましたし、

「なぜ」と聞かれて、いつもどこか途方に暮れている川島の表情が今も印象に残っています。

 

川島を演じた川島潤哉さんは、狂気と一言では片づけられない複雑な心理の層を感じさせる演技で、

一方、一緒に殺人の旅をした相棒の奥田(奥田洋平)の方は、人を殺めることを何とも思わない快楽殺人者としての恐ろしさが表現されていたし、

川島と奥田が山盛りのグレープフルーツを笑いながら貪り食うところは、「その場面」を想像されられて、こんな風に表現するとは!と唸りました。

あの時の川島は、心底笑っていたのだったか。

その時だけは無心になれたのでしょうか。

 

川島が「天使」と呼んでいた恋人の飛鳥(後藤飛鳥)は、川島達が何をしているかを知りながら、心底それを悪いこととは思わず、川島を「パパ」と呼び、倫理を逸脱した愛情を川島に捧げていて、それを表現する後藤飛鳥さんの演技は、底なしの受容の恐ろしさを感じると同時に、どうしようもない純粋さにもまた心がえぐられました。

 

旅の途中で飛鳥はある宗教施設に預けられるんですが、(そこの怪しさもまた面白おかしく描かれていましたが)、預けられているうちに改心した飛鳥に殺人を咎められた川島は飛鳥を殺してしまったことが取り調べの会話で明かされます。

その時の、川島の乖離した心理を表す台詞が見事だと思いました。

 

飛鳥に続いて、相棒の奥田も、施設の人間も殺してしまった川島が、唯一殺さなかったのが堀(堀靖明)という存在で、堀は幼い頃からの川島の苦労を知っていて、川島を助けたい、でもできない自分への口惜しさや自己欺瞞との葛藤をしながら、何度も川島に会いに行くのですが、その彼を川島が殺さなかったところ、この、堀という存在がいたところは、少しの救いにも感じられました。

 

恋人のわたなべ(わたなべあきこ)に対して不誠実だった幽夏子は、わたなべから、「あなたは一生誰からも愛されないし、誰を愛することもできない」と言われ、それが呪いの言葉となって川島の夢を見るようになり、

川島も、幼い頃から同様の言葉を母親(伊達香苗)から投げかけられていた。

 

なんという、呪いの言葉。これほどの呪いがあるでしょうか。

 

終盤、夢の中で川島の世界に入り込み、ついに、川島と幽夏子が対峙することになった場面も、とても緊張感がありました。

幽夏子が川島の生まれ変わりと示唆する台詞もありましたが、川島はそれを即座に否定していたし、私もそこはそう捉えたくはない感じ。どこかで、簡単に川島を許してしまうわけにはいかない、という心理もあるのかな。

ただ、最後に幽夏子が川島に言った、とてもシンプルな言葉が、この作品を闇だけのものにしていなかった気がします。

 

幽夏子の元恋人のわたなべは、幽夏子が現実の世界に戻ってきたら呪いを解くと言っていること、幽夏子の相談相手だった澤(澤唯)は、幽夏子を愛していることが観客に知らされ、

時折、「私は一生、パパの恋人だよ」と光の中で飛鳥が言うシーンが繰り返されて、

 

シリアルキラーの話なのに、「愛」の話だと感じさせられる、なんというすさまじい逆説。

この衝撃は、忘れられない、というよりは忘れたくない、となぜか思います。

 

ラストシーン、川島の横で美しくさえ見える残酷さでほほ笑む母親、

腕を宙に伸ばすけれども何もつかめない川島の手、

観終わった後は、ラストシーンがずっと心に残り、やがて、すごく悲しい気持ちになりました。

その理由をあえて探ろうとはせず、しばらく、「悲しいな・・・」という思いに身を任せていたんですが、こんな風に心を揺さぶられるのも、芝居を観る醍醐味だなあ、と思います。