シアター711で上演された、ウォーキング・スタッフプロデュース・野木萌葱脚本・和田憲明演出『怪人21面相』を観てきました。

ウォーキング・スタッフプロデュースの作品を観るのははじめてですが、パラドックス定数の野木萌葱さんの脚本であることと、昨年に上演された、同じく野木萌葱脚本、和田憲明演出の『三億円事件』が第24回読売演劇大賞優秀作品賞を受賞したこともあり、興味を覚えて観に行きました。


『怪人21面相』は、1984年(昭和59年)から1985年(昭和60年)まで続いた、食品会社を標的とした一連の企業脅迫事件、いわゆるグリコ・森永事件をもとにした作品で、犯人が名乗った「かい人21面相」がタイトルになっています。

警察やマスコミへの挑戦的な態度は劇場型犯罪とも呼ばれましたが、事件の解決はならず、2000年(平成12年)に時効が成立しました。

犯人の一人と目された「キツネ目の男」の似顔絵は、今も強烈な印象として自分の中に残っています。


パラドックス定数や劇団チョコレートケーキのように、事件や史実をヒントに描かれた作品を観ると、その後で関連書籍を読みたくなってしまうんですが、今回も、グリコ・森永事件について書かれた本を数冊読んで、改めて、あの事件が社会に与えた影響とか、マスコミの影響力、大衆心理などについて考えさせられました。


未解決事件については、誰が、なぜ、どのようにして?ということを知りたくなりますが、この作品は、誰が、なぜ、という点について、グリコ・森永事件のみならず他の事件もコラージュしながら、大胆な解釈と豊かな想像力で描いていて、これぞ、フィクションの醍醐味、という感じで楽しめました。


同時に、かなりアンタッチャブルな点にも切り込んでいてちょっと驚きましたし、緊迫した空気が漂う中で、自分も犯罪の一端を担っているような暗い喜びを感じてしまったのも事実です。


以下、ネタバレありの感想です。




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2017年6月26日(月)14時

シアター711

脚本 野木萌葱

演出 和田憲明

出演 俵木藤汰 木内秀信 小林大介 石田佳央




企業への脅迫文や警察やマスコミへの挑戦状を書いたタイプライターが置いてある犯人達のアジト。

グリコ・森永事件の犯人は、元公安刑事の白砂駿嗣(俵木藤汰)、暴力団員の幸村統夷(木内秀信)、新聞記者の鳥羽山基(小林大介)、グリコの会社役員の蓮見雅尚(石田佳央)の4人。


まず、このメンバー構成に、「おお!」と思いました。

新聞記者も、会社役員も、それぞれ、自分の所属する組織から仕打ちをうけたことがあり、その怨嗟を利用して、犯罪に誘い、巧みにリーダーシップをとる元公安刑事。


元刑事も、警察組織の中で何らかの傷を負ったことを匂わせていて、『三億円事件』という作品にも同じ人物が登場しているようですが、私はそれを観ていないので、今ひとつ人物像がつかめなかった感はあります。

が、捜査のノウハウを熟知している彼が大胆で緻密な計画を練っていくところに、リアリティとおもしろさがありました。


やがて、暴力団員の素性が明らかになるんですが、実は、彼は、重大な事件に関わった隣国の諜報部員で、任務の失敗から、組織から消されかけて瀕死になっていたところを元刑事に助けられ、以来、匿われながら、元刑事の手足として利用されているということがわかります。


元刑事と暴力団員は、支配と被支配の関係にありながらも、元刑事も彼に何かを投影しているようでもあり、ストックホルム症候群のような、あるいは共依存のような、複雑な関係性がおもしろかったです。


暴力団員の素性が明らかになっていく過程では、会社役員の出自や差別の問題も明らかになり、同様の経験をもつ暴力団員と、会社役員の、それにまつわる二人の会話が印象的でした。


また、元刑事のかつての部下が、今、捜査本部のトップになっており、事件後、二人は接触していた、というところもおもしろかったし、

あの有名な「キツネ目の男」が、この犯行グループのメンバーに入っておらず、実は・・・というところも、意表をついていました。

ただ、そこは、少し風呂敷を拡げた感があって、物語を収束する上では、その処理については曖昧さが残ったような気はします。


組織への、権力への、男達の復讐。

そして、それはやがて「日本を踊らせる」ことへと変容していきます。

企業を、警察を、マスコミをコントロール下におさめ、社会に不安を与えると同時に、大衆にはある種の熱狂を提供して、“踊らせる”

けれど、元刑事のかつての部下であった捜査本部のトップが焼身自殺をし、その後、しばらくしてから彼らの遊びは、終わりました。


彼らが犯行終結宣言を出した後、少しもの悲しい気持ちになったのはなぜかしら。


実際の事件を絡めながら、4人の会話だけで物語を展開していく脚本が見事だし、4人の間の距離感ー仲間意識や、反発や、不信や、心理的駆け引きなどーが複雑に変容するところのダイナミズムに惹きつけられました。

俳優さん達の演技も、熱くて、渋くて、見応えのある2時間でした。


実際の事件が発生してからもう33年が経ち、真相は闇の中に沈んでいますが、真犯人は、存命ならどこかにはいるはずで、事件に関して書かれた様々な書物を読んだり、映像を観たりすることはあるのでしょうか。

案外、客席の中にいたりして・・・なんてことをふと、考えたりもしたのでした。