下北沢ザ・スズナリで上演された、櫻井智也作・演出・劇団MCRの『無情』を観てきました。

とんがった台詞や、コントのような笑いの中に、詩情あふれる台詞が混在していて、不器用な優しさと誠実さが心に染みるお話しでした。

笑って、泣いて、観終わった後、胸に残ったのは、「すごく美しいものをみた」という思い。こういう作品に出会えることが、小劇場観劇の楽しみなのでしょうね。


以下、ネタバレありの感想です。




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2016年8月28日(土)

下北沢 ザ・スズナリ

作・演出 櫻井智也

出演 たなか沙織 櫻井智也 平島茜 志賀聖子 伊達香苗 亀田梨紗 伊佐山幸治 おがわじゅんや 北島広貴 佐藤有里子 本井博之 堀靖明




舞台中央には、白いベッドが置いてあり、傍らに椅子。

沙織(たなか沙織)と、亀田(亀田梨紗)という二人の女性をめぐる物語で、同じセットが病室と、亀田の部屋になり、交互に話が展開しました。


沙織(たなか沙織)は、原因不明の難病で入院中で、病気が進行すると、四肢が麻痺し、言葉も話せなくなり、やがて植物状態になってしまう。そのことを本人も、夫の櫻井(櫻井智也)も知らされていますが、治療方法はない。


沙織は、夫に、自分が動けなくなってからも、ちゃんと世話をしてちょうだい、化粧もして、髪も整えて、と、わがままにも見える態度で頼んでいます。

夫は現在無職で、短気なところもあり、ちょっとダメ男成分がありそう。でも、彼なりに妻の病気を受け止めて、努力しようとしているようでもある。


沙織には、片親の違う姉(平島茜)がいて、姉とはずっと疎遠で、お互いをよく思っていないのに、姉が見舞いに来て、けっこうとげとげしい会話になったり、


沙織の高校時代の友人の志賀(志賀聖子)と伊達(伊達香苗)も見舞いに来て、うるさく無神経なおしゃべりをしたり、あげくは夫がいるのに沙織の元の彼氏の北島(北島広貴)を連れてきたりする。

そこに主治医(堀靖明)が加わって、とぼけたやりとりになったりするんですが、


この辺はシュールですらあるおもしろいやりとりになっていて、深刻な状況なのに、つい、声をあげて笑ってしまいました。でも、笑える台詞の中に、辛辣さがあって、真実を言い当てているなー、と思ったりしました。


沙織の病状の進行は思いのほか早く、もはや身体は全く動かず、言葉も話せなくなります。でも、耳は聞こえていて、目は見えているのが、観客にはわかります。

実は、夫は、国の研究機関に沙織を引き渡すことで、お金をもらうことになっていて、それを知った姉が異議を唱え、夫を責めます。

なぜ、沙織が話をできるうちに、この話をしなかったのか、と問われた夫は、「だって、そうしたら沙織は怒るから。」と答えます。


これまでも多額の入院費がかかったし、植物状態になった沙織の世話をする自信もなく、苦渋の選択でもあるのですが、医師が持ってきた契約書にサインをするのは思いとどまります。

そんな夫を見て、沙織は、

「・・怒らないよ。」と言うのですが、夫にはその声は聞こえない。ここの、沙織の表情がすごくよかった。


夫は、沙織に何をしてあげられるのか、と悩み、考えたあげく、沙織に向かって、

「広貴だよー」と、沙織の元カレの真似をしてみせるのですが、ここは、私も、

・・・ばか・・・」と思って、でもなんだか、すごく泣けてしまいました。


沙織を演じたたなか沙織さんは、すごく綺麗で、はじめは、病人にしては綺麗すぎるんじゃない?と思いましたが、夫の前ではいつまでも綺麗でいたい、という女心を現していたのかな、と思うと、最後まで綺麗でいてくれてありがとう、という気持ちになりました。


そして、もう一人の女性、亀田(亀田梨紗)の物語。

諫山(諫山孝治)、小川(おがわじゅんや)、北島(北島広貴)の3人は泥棒で、鍵のかかっていない部屋に忍び込んで物色をしているうちに、部屋の主が帰ってきます。3人はあわててベッドの下に隠れますが、この女性、亀田は目が見えない。


と、そこに、化粧品のセールスマンの本井(本井博之)がやってきたり、自称姉(?)と称する佐藤(佐藤有里子)がやってきて、泥棒達はそのやりとりを隠れて見ています。と、どうも、亀田は騙されているらしい。

泥棒のうちの一人、諫山は、亀田のことが好きになり、その後も、そっと部屋に忍び込んでは亀田のことを見ていたんですが、


諫山は、亀田が、セールスマンや姉にひどいことをされているのに拒絶しないのは、目が見えないというハンディをもった自分を卑下していて、自分自身を大切にしていないこと、鍵を開けて自分をオープンにしているようでありながら、自分自身の中に、絶対に他者を受け入れないところがあるのに気がつきます。

諫山は、そんな、亀田の心の中の閉ざされた場所に入りたいと思う。


もはや泥棒の存在に気づいている亀田に、諫山は想いを告白するのですが、亀田からは、「声が嫌い。」と言われてしまいます。

目の見えない人に、声が嫌い、って言われてしまう絶望感!

でも、亀田は、「そんなに言うなら、私が一番望んでいるものをプレゼントして」と言います。


諫山は、もともと、彼女は作らない主義、と言っていたんですが、それは、例えば、相手の女性を本当に好きで、指輪をあげたいと思って、でも、お金がなくて、今あげられるのは飴玉しかない場合に、受けとった方は、なんだ、飴玉なのね、と思う、どんなにこっちが相手を想っていても、相手には飴玉は飴玉としか思ってもらえず・・・そんなこんながめんどくさい、と。

でも、今や、諫山は、相手が本当に望んでいるものは何だろう、と真剣に考えている。


やがて、亀田は、急に耳も聞こえなくなってしまいます。目も見えず、耳も聞こえなくなってしまった亀田。入院した亀田の前で、もはや、自分には何もしてあげられないと立ちすくむ諫山ですが、亀田は、何度も諫山の名を呼び、そして、プレゼントがあるの、と言って見えない目で取り出したのは、飴玉。

にっこりと笑って飴玉を渡そうとする亀田、それを見て男泣きに泣く諫山・・・ここは私も涙が出てしまいました。


この二つの物語では、登場人物がリンクしていて、沙織の元カレの広貴が、実は泥棒のうちの一人の北島広貴だったり、亀田の主治医が、沙織の主治医と同じだったり、化粧品のセールスマンが、沙織の病室に来て化粧品を売ったり・・

主治医からは、沙織の夫は結局、国の研究機関との契約は結ばず、実家に帰って近くの病院に沙織を転院させ、仕事を見つけている、との話が出て、そこにほんの少しの救いの光が見えた気がしました。


俳優さん達の演技は、みんなとても良かった!

沙織を演じたたなかさん、最後のシーンの繊細な演技がとても良かったし、

盲目の女性を演じた亀田さん、すごくうまかった。最後の笑顔が最高でした。

無骨な夫を演じた櫻井さんも、その心根は優しいんだろうな、と思わせられたし、謎の自称姉(?)の佐藤さんは怪演だったし、おがわじゅんやさんの包容力にホッとしたり。

伊達さんは肉弾的でちょっと大人計画の皆川猿時さんを思い出しました。

誠実な主治医役の堀さんも良かったです。


私は、もともと難病ものとか、障害者ものとかのお涙頂戴みたいな話は好きじゃないんですが、この作品は抵抗なく観ることができたのは、「泣かせよう」という作為は感じられず、ちょっとダメな人達が繰り出す皮肉混じりの笑いにコーティングされた中に、純粋な愛が描かれていると感じたからかな。


相手のために何ができるのかを真剣に考えること、それは時にどうしたらよいかわからず立ちつくすことにもなるけど、この作品には「無情」な中にも少しの「救い」があって、恋とか、愛とか、人を想う気持ちとか、を信じたい、という気持ちになりました。こんな風に思えるお芝居に出会えたのって、幸せだな、と思います。


MCRの作品を観るのは、『逆光、影見えず』に続けてまだ2回目なんですが、これからも追いかけたい劇団がまたひとつ増えました!