蓬莱竜太さん作・演出、井上芳雄さん出演の『正しい教室』を観てきました。
小学校の同級生が母校の教室に集まったある日のできごと。
懐かしの同窓会、となるはずが、次々と過去の事実が暴かれて、スリリングで苦みのある人間模様を目撃することになった2時間でした。
以下、ネタばれありの感想です。
2015年4月4日(土)マチネ
PARCO劇場
作・演出 蓬莱竜太
出演 井上芳雄 鈴木砂羽 前田亜季 高橋努 有川マコト 小島聖 近藤正臣
劇場に入ると、舞台にはリアルに作られた小学校の教室のセット。壁には習字の作品が貼ってあり、校庭で遊ぶ子ども達の声が聞こえてきます。しばらくの間、舞台には誰もいない時間が続くのですが、これ、とても良かったと思います。観客それぞれ、いろんな想いが想起されたのではないでしょうか。
私は、息子の小学校時代を思い出していました。
母校で小学校教師をしている菊地(井上芳雄)は、事故で息子を亡くした同級生の小西(鈴木砂羽)を励ます目的で同窓会を企画します。
祝日の母校の教室に、同級生達が集まってきますが、招待していなかった当時の担任教師、寺井(近藤正臣)が現れます。
すると、小西が、自分の息子が池に落ちた時に助けられなかったのは、寺井が小学生の小西を無理矢理プールに入れたことから水が怖くなったのが原因だと言います。そして、息子の死亡の原因は、寺井にあるので、慰謝料を請求したい、と言い出します。実は、招待状を寺井の家のポストに入れたのは小西でした。
そこから、話は一気に、小学校時代にいかに寺井からひどい仕打ちを受けたか、それがいかに自分の心の傷になっているかの暴露大会となり、他の者も寺井を責め立てます。
が、元担任教師の寺井も、過去のいろいろな出来事の真相を次々と暴露し、かつての子ども達の間の嘘や欺瞞が暴かれていきます。
この展開は、悪趣味でサディスティックですらありましたが、スピーディで飽きさせず、観ている側に、残酷な歓びすら誘います。
この元教師は、人格破綻者にも見えるような描かれ方で、子ども達を傷つけるようなことを平気で言うし、「いい先生」でいようとも思っていない。でも、荒々しい台詞の中に、物事の真理をつくような言葉が混ざってもいる。
作者の蓬莱竜太さんは、この教師の造形に、教育の中で「正しい」とされていることへの疑念や、アンチテーゼを込めたのかな、と思います。
「正しさを疑え」という作者の声が聞こえたような気がしました。
教育に限らず、「正しい」と言われることに疑問を持つことも大事ではありますね。
これは私の個人的な体験なんですが、息子が小学校の低学年の時に、育休の補助教師になったとたんに学級崩壊を起こしたんですね。
騒然とした教室での子ども達を見たときの衝撃は忘れられません。そこには、躁状態の子ども達がいて、人間ではなく、本能むき出しの動物の群れのようでした。保護者が持ち回りで授業に入って注意しても、全くコントロールが効きませんでした。
ところが、元の教師が戻ったとたんに、嘘のように落ち着いたクラスになりました。低学年ということもあったかもしれませんが、これにも驚きました。
補助教師の方を責めるつもりはありませんし、いくつかの条件が重なった結果だと思いますが、やはり、教師のリーダーシップは重要なんだなあ、と思ったことを覚えています。
教師の言葉や態度は、子どもの人格形成に大きな影響を及ぼすことは、自分の経験からもわかることで、一元的な価値観で子どもを評価することは罪ですが、社会で生きていくための最低限のルールやスキルを教えることは大人の責任なのだろうと思います。
そして、この世は不確かだけれども、自分の中の道標を持つことはできるよ、と子どもに伝えることができる大人でありたい、とそんなことを思った劇でした。
物語の終盤では、同級生それぞれが、思い通りにならない人生を送っていることが描写されます。また、元担任教師の寺井も老いて、病気にもなっている。
でも、この日、「自分がうまくいかないのは先生のせいだ!」と吐き出せて、それに対して、元担任教師から「そんなわけあるか!」と
返されたことで、先生のせいにしていた自分に気づくことができたのならば、ハッピーエンドとも言えるかもしれません。
小学校時代に委員長で、今も生徒や保護者からの人気の先生を演じた井上芳雄さん。(実はそうでもなく・・・という展開になるんですが)
私は、あまりミュージカルは観ないので、井上さんは『組曲虐殺』で観ただけなんですが、
「ファンの期待と想いを裏切らない、プロの王子様」という印象を持っていました。
今回は、作者もあてがきをしたと思われ、過去を暴露されることで、そのずるさや小心ぶりが明らかになり、心理的にも追い詰められる場面もある役で、健闘していたと思います。
ただ、やはり、爽やかさがにじみ出ていて、「あんな先生が担任だったら、保護者会はドキドキしそうだわ・・・。」なんて思ってしまい、観ていて集中を欠く場面も。ちょっと、リアルさに欠けていたかなあ、っていうか、ホント、爽やかですよね・・・。
息子を亡くした小西を演じた鈴木砂羽さんは、元気のいい役の印象が強かったので、今回、幸薄い女性の感じがよく出ていて驚きました。ただ、一緒に来ていた妹(前田亜季)同様、細かい事情が描かれていないので、演じにくかったのではないかしら。
元担任教師役の近藤正臣さんは、一筋縄ではいかない人物を印象深く演じていました。時々、台詞や間にひやり、とする部分があったのと、どこまでが病気の症状なのか、などのリアルさに難点があったとは思いますが。
かつて無自覚ないじめられっ子だった男を演じた有川マコトさん。いい味出していたと思います。笑いをとることも多く、緊張ムードの中の緩衝役になっていました。
他のキャストの方々も、役柄にあっていて、その人らしさがでていてよかったと思います。
最後、元担任教師の老いに気づいた同級生達。元担任教師と同級生達が、机を囲んでカレーを食べることになり、かつての給食の風景となる。
「あ、・・・いただきます。」
と同級生の女性が言う台詞で劇が終わるのですが、
この場面を観たとき、ふいに、小学校時代を思い出して、
そうだ、
私は、
無数の「いただきます」と、
無数の「ごちそうまでした」
を言って育ってきたんだなあ、と思ったら、なんだかじ~んとしてしまいました。
今回の作品は、心に突き刺さる、とまではいかなかったけど、劇の冒頭と最後の場面が心に残り、いろんなことに思いをはせたお芝居でした。