THEATER MIRANO-Zaで本日が千秋楽となる、松尾スズキ作・演出『クワイエットルームにようこそ』The Musicalを観てきました。
『クワイエットルームにようこそ』は小説版、映画版とありますが、私は小説版は未読、映画版をずいぶん前に観ました。
映画が面白かったので、あれがミュージカルになると、どんな感じになるんだろう?と興味をもって観に行きましたが、
まず、しっかり、ミュージカルでした。
なんて、普段ほとんどミュージカルを観ない私が言うのもなんですが、たまに音楽劇と称したものなどで歌の部分にう~ん…となり、「いっそ台詞でいいのに…でも専門外だから仕方ないかなあ」と思うこともあるんですが、
今回はミュージカル界の方が多く出演しているので、そういうストレスは全くなく、みなさん歌声が素敵で、耳に幸せな時間を過ごせました。
確かな歌唱力と演技力のミュージカル俳優さんたちと、クセの強い大人計画の面々を含む個性的な俳優さんたちによる、独特な松尾ワールド。
そもそも「クワイエットルーム」というのは松尾さんの造語で、精神科病棟の保護室のことを指していますが、それを題材にすることは不謹慎とのそしりを受けてもおかしくないかも…
ですが、この『クワイエットルームにようこそ』では、デリケートな題材をエンタメとしていたずらに消費しているのではなく、ミュージカルというエンタメに昇華したといえると思いました。
それには根底に、人生に迷う者たちへの松尾さんの優しさがあるからと感じられ、痛みを知っている松尾さんだからこそ創れたのかな、という気がします。
以下、ネタバレありの感想ですので、これから地方公演も控えているおり、未見の方は自己判断でお読みください!
2026年1月29日(木)13時
THEATER MIRANO-Za
作・演出 松尾スズキ
音楽 宮川彬良
振付 スズキ拓朗
音楽監督・編集 吉田能
出演 咲妃みゆ 松下優也 昆夏美 皆川猿時 桜井玲香 池津祥子 宍戸美和公 近藤公園 笠松はる りょう 秋山奈津子 他
歌舞伎町タワー6階のTHEATER MIRANO-Zaは初めて行きましたが、開演前の松尾さんのアナウンスの、「本日は治安の悪い中お越しいただき…」には笑ってしまいました。
2000年代初頭の東京。
バツイチのフリーライター、佐倉明日香(咲妃みゆ)は取材の仕事も増え、文芸誌からエッセイの連載を任されるまでになりますが、1200字の原稿が、書けない…
その焦りと多忙によるストレスフルな毎日。
ある日、同棲中の売れっ子放送作家、焼畑鉄雄(松下優也)とひどい喧嘩をした後、酒と睡眠薬を大量に摂取し、気が付いたら精神科病院の女子閉鎖病棟の保護室にいて…
一幕目は、閉鎖病棟の他の患者たちの様子や、看護師や面会に来た鉄雄とのやりとりなどが歌やダンスを交えて展開されました。
「自分はまとも」と思っている明日香は、社会と完全に遮断されている「ここ」にいることを全く受け入れることができないんですが、摂食障害やオーバードーズなどで入院している他の患者たちと徐々にかかわっていくようになります。
一幕目は、笑いや混沌の世界が展開されて、面白さもありながら少し冗長な感じも受けましたが、二幕目では明日香の過去がより明らかになり、まだ28歳なのに壮絶ともいえる体験をしてきたことがわかります。
そりゃあ、病んでもおかしくないよね、自分のことを書こうとして筆が進まないのもさもありなん…と思いましたが、
明日香は徐々に自分を見つめるようになり、入院することになったのは事故ではなく、神様に自分の命を委ねようとしたのだ、と自ら認め、今まで公私ともに面白さを求める毎日で(これには2000年代初頭の時代の空気もあったかもですが)自分の足元をしっかりと見つめていなかったこと、元の夫や今の同棲相手に経済的にも精神的にも依存していたことを覚知していきます。
そして今までの明日香は一度死に、ここでの体験を経て再生したこと、退院の日はこれからは自分の足で歩いていくだろうことを確信させられて、希望を感じて観終わることができました。
明日香を演じた咲妃みゆさん、歌声やコミカルさも交えた演技、ダンスも魅力的でした。お人形のように可愛らしく、でもどこか無機質な感じもするところが、熱演ながら観客との間のよい心理的距離感を作り出していた気がします。
鉄雄を演じた松下優也さん、映画では宮藤官九郎さんが演じていたので、最初、体格の違いに目がいきましたが、はじめて松下さんを拝見するのがこの作品でいいのかしらと思うほど面白く、茫洋としたところや、明日香同様物事を深く考えずに生きてきたんだろうな、と思わせるところに説得力がありました。
でも、明日香のことは本当に心配しただろうし、明日香を愛することは辛かっただろうな、と芯の優しさを感じさせて、最後、これ以上明日香を支えることはできないと、別れるところは切なかった。
摂食障害のミキを演じた昆夏美さん、少し不気味さを感じさせるビジュアルもよく、彼女なりの論理ー信念から「食べない」と言っているところからは難治性を感じさせるし、他の患者への優しさや、退院時の明日香に、完全に病院との関係を断ち切るようにした行動のクレーバーさも印象的で、それゆえ切なかった。
一番まともに見えた栗田を演じた笠松はるさん、明日香の退院日に再び救急搬送されてきたところは、こうした病気の難しさを感じさせましたし、でも明日香はそれを見てしまったけどきっと大丈夫だろう、と思えたり。
明日香の元夫を演じた近藤公園さんも、本当にこんな人だったんだろうなあ、とリアリティがありましたし、
規則に厳しい看護師の山口を演じたりょうさん、患者に寄り添う看護師の山岸を演じた桜井玲香さんの優しさも印象的でした。
いろいろヤバい患者の西野を演じた秋山奈津子さんもさすがの迫力と面白さ、
患者役の池津祥子さんと宍戸美和さんも登場時間は短いながら、爪痕を残していました。
アンサンブルを交えたダンスも目が楽しかったし、宮川彬良さん作曲の楽曲も楽しめました。
また、松尾さんが作詞した歌詞も独特で、私の耳が悪いせいか聞き取れなかったところもあったんですが、
「オダイジニ」という曲で、
誰でも人生の落とし穴に落ちることがあるけど、誰かに頼ってでも(ここ大事だと思う)
なるべくおもしろく這い上がれ、という歌詞に
時につまずきながらも人生を歩む者たちへのエールを感じますし、
「ありふれた言葉だけどオダイジニ」という歌詞からは、「お大事に」って、相手を思う精一杯の言葉かもしれないな、と思って、私自身「お大事に」って言う機会が多いんですが、これからも心をこめて伝えようと思いました。
