お久しぶりです。

 

昨日の東京は朝から雪が降って、週末の外出自粛要請に天気も協力してくれたかのようでした。

しばらくブログを更新していないうちに、世界が大変なことになってしまい、年明けの記事では「今年はミュージカルからスタートです!」なんて書いていたのが遠い昔のようです。

演劇関係者や、演劇ファンにとっては、しばらく厳しい状況が続きそうですね。

 

私自身は1月中旬に父が余命わずかの病気であることがわかったり、同じ頃に飼い犬が倒れたりで、観に行く予定だった芝居をかなりキャンセルせざるを得なくなっていました。

そんなこんなでブログを書く余裕もなかったんですが、

 

そうこうするうちに新型コロナウイルス感染症の患者が出始めて、このウイルスは不顕性感染の恐れがあることから、自分の仕事柄、また、病身の両親のことを考えて自分が感染者になるわけにはいかないと思い、密閉空間で行われる観劇を個人的に自粛することにしました。(まあ、でも実際には私ももう他の場面で感染して人にうつしていたかもしれないし、自己満足でしかないかもしれませんが)

でも、楽しみにしていた観劇をやめることで、どんどん心の元気がなくなっていきました(笑)

 

やがて、公演の中止も相次ぐようになり、先日の都知事からの自粛要請に至るわけですが、結局、私が今年に入って観ることができたのが、『フランケンシュタイン』と『天保十二年のシェイクスピア』のみ。

 

『フランケンシュタイン』は、はじめて観る韓国産ミュージカルでしたが、次から次へとダイナミックな楽曲が繰り出される、直情的で激しい舞台でした。

友情(愛情?)が憎しみに変わるドラスティックさ、中川晃教さんの伸びやかな歌声と、加藤和樹さんの硬質な哀しみをたたえた演技が印象に残っています。

 

『天保十二年のシェイクスピア』は、まず、音楽劇というにふさわしい俳優さん達の歌声と楽曲で、スタイリッシュな猥雑さのある華やかな舞台でした。

なんというか、みんな、シュッとしていて、けっこう容赦ない濡れ場の描写は師匠譲り?と思いましたが(笑)、淫靡ではなくて、美しい。

 

蜷川演出の泥臭さをちょっぴり懐かしく思ったりもしましたが、単なるパロディではなく、シェイクスピアの戯曲を自由自在にコラージュした井上戯曲の楽しさを存分に味わえる舞台でした。

 

と、楽しく劇場を後にしたのが信じられないような今の世界の変わりようと、演劇や音楽、スポーツなどを失った世界の味気無さを改めて実感しています。

 

正直、最初は、このウイルスに関してはそう警戒しすぎなくてもいいのでは、と思っていたんですが、欧米のありよう、特にイタリアやスペインなどの医療崩壊の状況は、長年医療現場で働いていた私にとってはとても衝撃的で、

トリアージ(命の優先順位の選択)をしなければならない医療関係者の苦悩や、その結果、自分の大切な人が人工呼吸器をはずされ、面会もかなわず最後のお別れもできないことの悲しみを思うと、心が痛みます。

 

今、日本でも、新型コロナウイルス関係については、さまざまな憶測や陰謀論、ネガティブだったり煽情的だったりする報道、デマ、などが入り混じっている状況ですが、私自身はできるだけそれらに引っ張られないように、まずは「現実」を見失わないようにしたいとは思っています。

 

とはいえ、他の国の迅速な対策や、文化を守る姿勢などを見ると羨ましいし、国民感情やニーズとかけ離れている、政府・与野党の対応には失望や怒りを感じていることも事実ですが、

ただ呪詛を言っているばかりなのは自分の性に合わないので(笑)、

 

官邸メールや、e-govというサイトの「各府省への政策に関する意見」などにメールをして直接意見や要望を送っています。

どうせそんなことをしたって無駄では?という思いが浮かぶ部分もありますが、演劇やその他の文化を守るため、また、自分の推しを守るためにも、ひと手間かけて一言でもいいのでメールをする、という手段もありで、数は力なり、でもあります。

 

また、演劇関係者の方々も、必要に応じて、厚労省の応急小口資金貸付制度や(貸付といっても返還不要になる場合もあり。市区町村の社会福祉協議会が窓口)や、経産省の支援策などの今ある制度を活用して自分を守ってほしいと思います。

 

それにしても、このウイルスは、人と人の楽しい語らい、ともに食卓を囲む楽しみ、さまざまなエンタメに触れる楽しみ、愛情あふれるスキンシップ、自分の行きたい場所に行く自由、人々が集う自由など、人が生きていくうえでの「喜び」や「楽しみ」を奪い、重症化した人の命をあっという間に奪ってしまうという点で、すごく憎らしい。

 

日本でも都市封鎖の事態になるかもしれないし、これから世界的な恐慌になり、連動して日本の経済状態も悪化すると、まずみんな自分の生活を守ることが優先になってしまうので、官民ともに文化を守る意識の低い日本では、演劇にとってますます厳しい環境になっていくかもしれませんが、

それでも、

 

こんなにも、上演を待っている観客がいて、作品を創ることに情熱を注いでいる演劇に携わる人々がいるのだから、私は演劇は死なないと思うし、死なせてはならないと思います。

 

そのためには、まずは、

創り手も観客も自分の命を失わないこと。

 

日本でも危機的状況と言われる中、何とか感染爆発を防ぐように努力して、それができなかった場合でも、少しでもピークをなだらかにするように、個人でできることはやっていきたいですね。

また、様々な国で治療法を探る試みがなされているので、人類の叡智に期待する気持ちももっていたいとも思います。

 

東日本大震災の後に咲いた満開の桜を見て、

「それでも、桜は咲くんだな」

と思ったことを思い出します。

来年も、必ず桜は咲くし、また心から演劇を楽しめる日が来ることを信じて、うがい、手洗い、3密を避けることを心掛けていきたいと思います。

 

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