東京芸術劇場シアターウエストで上演された、詩森ろば作・演出 

serial number 11『神話、夜の果ての』を観てきました。

 

拘置所の保護室を舞台に、カルト宗教の施設で子供時代を過ごした青年が犯した犯罪と、そこに至る道筋を描く物語。

現在と過去、現実と精神世界が混在して描かれる中で、青年の「痛み」に私の心も痛んで、観終わった後はいろいろと考えさせられるとともに、無力感を感じてしまい、少し気持ちが沈みました。

 

作者の詩森ろばさんも、何かの記事で、書き終わった後、無力感を感じたと言っていたので、それだけ重いテーマなのだと思います。

ただ、演劇的表現によってリアリティを生みだした脚本と、俳優さん達の演技力は素晴らしく、見応えのある観劇体験でした。

 

以下、ネタバレありの感想ですが、内容に記憶違いがあるかもしれません。

ご了承ください。

 

 

 

 

 

 

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2024年7月13日(土)14時

東京芸術劇場シアターウエスト

作・演出 詩森ろば

出演 坂本慶介 川島鈴遥 田中亨 杉本隆幸 廣川三憲

 

 

 

 

殺人の容疑で拘留されている青年、ミムラ(坂本慶介)は、拘置所の精神科医(廣川三憲)や、国選弁護人(田中亨)とは会話が成立せず、意思疎通が図れない状態で保護室に収容されており、今後については未決状態。

 

舞台中央に置かれたベッド上で半身を起こしたミムラがひとり語りを始めると、観客だけがミムラの子供時代の話を聞くことになりました。

また、ベッドの近くには少女(川島鈴遥)がいて、時に少女と会話しながら語られた内容は、

 

10歳の時に、母親に連れられて山奥の宗教施設「ニューヘイブン」に来たこと。

着いたその日に子供だけが暮らす建物に収容され、母親とは会えなくなったこと。

 

そこは自給自足のようなシステムの宗教施設で、子供たちは十分な食事が与えられず栄養失調状態で、身体発達も不十分だったこと。

学校にも行けず、ミムラはたびたび世話役(杉本隆幸)から体罰を受け、独房に入れられたこと。

 

ミムラと仲の良かった少女は、教祖であるメサイア(廣川三憲・二役)から性的虐待を受け、自ら命を絶ったこと。

 

ミムラと話していた少女は、もうこの世にはいなかったんですね。

 

聞いていて胸が痛んだのは、わずか10歳の少年が、母親に対する「愛着」を「穢れ」と咎められ、罰を与えられたことで、

「ニューヘイブン」の教義では、世界平和の成立のためには愛着を捨てることが必要とされているため、親子は分離され、親は布教活動にいそしむことになっていますが、

 

ミムラは母が会いに来てくれることをずっと待っており、母への思慕、捨てられた絶望、憎しみ、といった感情が彼の人生をずっと支配していたことが推測されました。

 

私自身、かねてから宗教二世に関わる問題については児童福祉の観点が必要だと思っていたんですが、この施設の行っていることはまさに児童虐待で、母親はネグレクト(育児放棄)していると言えるし、「宗教と言う名の児童虐待」とも…

 

また、この物語のように施設に入っていなくても、生きづらさや苦しみを抱えている宗教二世の声が現実世界でも聞かれるようになっていますが、

その根底のひとつには、子供自身の人生における自由選択を親が阻んでいるということがあると思われるものの、

 

信教の自由という親の権利と、児童憲章等にうたわれている子供の権利の間で齟齬が生じた時に何かできるのかを考えると、無力感を感じてしまいます。

 

国選弁護人(田中亨)は、弁護の原則にのっとり、不起訴にもっていこうとし、

精神科医は、詐病の可能性を排除することと、精神状態を把握するためにミムラと面接をし、少し会話もできるようになっていきます。

 

少女が自死した後だったか、ミムラは「ニューヘイブン」を出て、(脱走してだったか?記憶があいまいです)住み込みで特殊清掃の仕事につきますが、ある日、仕事先で見た「ニューヘイブン」の雑誌の表紙に、メサイアと、その横に写る母親の姿を見つけます。

 

そして、「ニューヘイブン」の集会に乗り込み、メサイアと、母親を刺し殺します。

 

ミムラがこの場面を再現する時、精神科医の首を絞めるんですが、メサイアと、精神科医を混同するところの表現が演劇ならではでしたし、廣川さんが二役を演じていたのも効果的でした。

 

また、この時の母親役を少女役の川島鈴遥さんが演じ、

「すでにメサイアは自分が殺されることを予言していた」と言い、さらに、「あなたは許される」というようなことを言ったんですが、こう言われてしまったミムラは、さらに救いがないと思って(命乞いをされた方がまだ救われたのではないかと)辛くなりました。

 

実は、国選弁護人自身も宗教二世で、自分は祖父母に救われたけれど、だからこそ自分が弁護すべきと思った、という台詞がありましたが、弁護の原則にこだわる言動に少し違和感を感じていたのも納得がいって、両親とは距離を置き、弁護の原則に頼ることで自分を保とうとしていたのだと思われました。

 

ミムラに与えられるべきは、刑罰か、治療か、または救済か?

 

結論は示されず、どう考えるかは観客にゆだねられました。

 

最近では、宗教二世の聞き取り調査なども行われるようになってきていますが、まずはいろいろな思いや困難を抱えた宗教二世の存在を「知る」こと、

そのための想像力を、詩森ろばさんの真摯な脚本と演出から与えられた気がします。

今後も、法制度や施策を含め、私なりの関心を持ち続けていこうと思いました。

 

ミムラ役の坂本慶介さんの、情景と心情が鮮やかに浮かぶ語りの巧みさ、

少女役の川島鈴遥さんのはかない透明感、

国選弁護人役の田中亨さんの微妙な繊細さのある演技、

世話役と、刑務官役を演じた杉本隆幸さんの狂気、

そして精神科医とメサイアがもつある種の傲慢さという共通点を感じさせる廣川三憲さんの演技も見応えがあり、心に残る作品となりました。