みなさま、こんにちは。
東北を1番幸せにしたい料理研究家
ミキティママこと中村美紀です。
ご訪問いただきありがとうございます!
レシピ動画はコチラ→ミキティママのうま~い東北応援隊「はぴめし」
…………
文章を書く時間がなかなか捻出できず
飛び飛びになっておりますが
バックナンバーを
見ていただいているようで
アメブロ読者の皆様って
本当にありがたいなと
いつも感じております。
ありがとうございます♡
先日は、
仙台市環境局家庭ごみ減量課さんと
仙台リビング新聞社さん主宰の
「おうちで食ロスゼロキッチン」
出張出前講座に伺って参りました。
子どもの野菜嫌いに悩む
約30名ほどのお母さんたちに
親子でおいしく食べられる時短レシピや
野菜嫌いのメカニズムをお伝えして。
気持ちが軽くなるお手伝いが
少しでも出来たらいいなぁ。
さて。
ずーっと心にあったんですが
今年49歳、上の娘が22歳の歳になり
赤ちゃんだと思っていた息子はもう10歳。
そして体力的な衰えも感じているお年頃。
歳だなんてまだ言いたくないんだけど
どうやら無理のきかない年齢に
差し掛かってきたことを
ヒシヒシと感じておりますwww
そして、
前へ前へと躍起になって
仕事で勝敗を気にしていた若かりし自分が
ほぼ今は消え去りまして(笑)。
自分にちょうど良いくらい
稼げたらよい。
あとは下の世代に役に立てる
そんな大人になりたいと
考えるように。
おいしい食材が買えて、
おいしいお酒が飲めて、
それをおいしいと食べられる飲める
健康な体さえ維持できたら
それだけで最上級の日々。
だから
私の仕事人として、母としての
ミキティママの失敗談を
次の世代の方にほっとしてもらえるように
ブログに残しておきたいなと
ずーっと思っていたの。
私のどうしようもない
凸凹な日々の話だけど
「なーんだ、こんなもんでいいのか」
ってそう思ってもらえたら
嬉しいです。

ミキティママが誕生した理由
私が料理のお仕事をするようになったのも
実はブログが起点となってまして。
地元福島の小さなポータルサイト
365ブログ、というところに
ミキティママとしてブログを書いたのが
2006年10月のこと。
これがワタクシの、第一号投稿でございます。
当時31歳。
長女が4歳、幼稚園年中さんで、
次女がお腹の中におりました。
27歳で結婚して長女を産み、
専業主婦の期間があったの。
やってみたかったんです、専業主婦。
平松愛理の
「部屋とワイシャツと私」という
おっそろしい女子の歌があったんだけど
これね↓
この歌を歌いながら
夫のワイシャツにアイロンをかけたいという
願望があってね![]()
![]()
![]()
やってみたら、まったくダメだった。
社会と断絶され、母と妻という役割のみで
生きている生活が本当に合わなくて。
●●ちゃんママ
●●さんの奥さん
私というアイデンティティを
結婚と出産によって全て奪われた気がして
結局育児ノイローゼ。
復活するまでに数年かかった。
結婚前はスーパーの
総菜のバイヤーをしていて
たくさんの人と関りながら社会で自分として
仕事をしている感があったのに。
もちろん、お給料という対価もあって
自分で自由に使うことができた。
外に出ているから
毎日お化粧をして、きれいな服を着て
夜も自由に飲みに出かけて
友人たちと遊んだり、映画を見たり。
①自由な時間
②自由に使えるお金
そして
③社会で役に立っている実感
これらのバランスが
結婚と出産で大きく崩れたの。
家事と育児だけで
意識しなければ子ども以外
誰とも話さない毎日
夫から預かったお金を
節約してやりくりして
スタバで500円のコーヒー飲むぐらいなら
卵と食パンと牛乳買った方がいいって思ってたし。
それなのに自由なんてない。
母親は24時間営業。
コンビニより忙しい。
集中して寝たいのに、否応なく起こされる。
常に神経が、弱き我が子に向いている。
脳がPCだとしたら常にスリープモードで
すぐに起動できるようにスタンバっている。
そんな中で夫のイビキに起こされ
自分はこんなに眠れないのにと
イライラして眠れなくなるという…。
のど元過ぎた母親世代には
「今が一番いいときよ~
子どもなんてすぐに
大きくなっちゃうんだから」
…いやちがうし、
今がキツイんだってば。
共感してくれない自由な先輩の話なんて
本当に聞きたくない。
目の前のことに本当に精一杯。
そんな日々だった。
私は褒められたかっただけ
ブログを書くきっかけは…
たまたま行ったブログ講習会。
お菓子とお茶と託児がついている
それだけの理由で行ってみた
ブログ講習会で適当に決めた名前、
ミキティママというハンドルネーム。
その名前を18年も使うなんて
この時は思ってもみなかった。
「ブログテーマを決めてください」
講師にそう言われて
「無理なく続けられること」
を一番に考えた。
だって、お母さんって忙しいから。
無理なく続けられること、とは
「空気を吸うのと同じように
負担を全く感じずに
当たり前にできること」
です。
最近よく、「好きなことを仕事に」って
フレーズを聞くんだけど
好きなことと、無理なくできることとは
全く違うんだよね。
無理なくできること=自分の最大の長所
だと思ってる。
私は家事が嫌いなんです。
掃除も、洗濯も、何なら料理も
そこまで好きなわけじゃない。
洗い物と片付けが好きじゃないから。
子育ても別に、得意ではない。
何よりも好きなのが
「褒められること」
なのです!!!!
ところが、母になり妻になると
全く褒められない。
これが私には辛かった。
仕事では自分が能力を発揮し結果を出すと
上司から褒められたり賞をもらえたりして
対価としてお金がもらえるけど
どんなにおうちをきれいにしても
どんなに美しく洗濯物を干しても
全く褒められない。むしろ当たり前。
何なら、反応すらされないのです。
これが私にとってはきつかった。
でも、料理を作ることだけは
唯一反応をもらえる家事だったから。
私が毎日やっていることの中で
唯一反応してもらえて、
家族が喜んでくれる実感があった。
だから、料理にしたんです。
そして、そうやって必死に暮らしている
気持ちにちょっとでも共感してもらえたら
救われるなって思ったんだ。
(書いてて思ったけど本当に辛かったんだな私)
傷つくならそれは愛ではない
そして2007年2月。
次女を産む1か月前のバレンタインに
Cooking Studio I-e
(クッキングスタジオイーエ)が誕生します。
I-e(イーエ)は「良い家」を意味します。
料理教室を始めるにあたり、
「良い家」って何かな?と考えました。
人は誰しもが幸せになりたいと思って
生きている。
幸せになりたいと思って結婚したし
自分の子どもを産んでみたいと思って
生んだくせに
何だか幸せ感が足りない。
余裕がない。
好きで選択してきた人生のはずなのに
どうしてこんなにも
もやっと感に
おおわれているんだろう。
そして気づいたわけです。
あぁ、
犠牲になって生きているんだって。
わたしとして生きていない。
我慢ばかりしているんだ。
自分を満たすための
努力をしていないのだと。
そうして原点に帰る。
「わたし」とはどういう人間だったか。
何が好きで、何で笑い、何を感じていたか。
そして、結婚して子どもを産んだ後
どんな私になりたかったのか。
そうだ…
私は、素敵なお母さんで
素敵な奥さんになりたかったんだ。
いつもおうちがきれいで
おいしいごはんが食卓に並んでいて
玉子焼きの匂いがしたり
おやつを焼く、甘い匂いがしたり。
そして、いつも笑っている。
家族の真ん中で
真夏の向日葵みたいに
いつも楽しそうに笑っている
そんなお母さんになりたいのだ。
それが愛する家族の幸せを創り、
私の理想とする「良い家」を作れるんだと。
理想を追いかけて、
母であり、妻であり、社会で活躍する。
この3つ全てを諦めずに
笑って感謝しながら死んでいける
そんな人生にしたい。
お母さんだからといって
絶対に全部あきらめない。
お母さんになってからのこの数年
わたしがわたしとして
本気で何かができた充足感って
何回あっただろう。
本気で楽しくて心躍る、
本気で笑えていた瞬間って
本当にあったんだろうか…。
そのことに気づいたとき
涙が止まりませんでした。
……………………
次女を妊娠しても
母としても、妻としても
全然自信が持てず
「何者かになりたい
わたしになりたい」
ずーーーっと暗闇の中にいたんだよね。
そんな中、書いたブログが
地元でちょっとだけ話題になって
ブログブームも相まって
地元で4万部くらい発行している
フリーペーパーのお仕事が舞い込むのです。
これが「ミキティママ」としての
はじめてのお仕事でした。
ちょいと長くなりましたので、
次回へ続きます![]()
読んでくださって
ミキティママinfo.
YouTube番組
#東北を1番幸せにしたい料理研究家 ミキティママが
東北の生産者さんの代わりに営業部長となって
東北のおいしさを発信していく番組です。
番組のリンクはコチラ![]()
………
TBCラジオ GoGoはみみこいラジオな気分
第4火曜 15:10~
【新米に合う!!舞茸の肉味噌】
時短簡単レシピをご紹介しています!!
バックナンバーはコチラ↓











