皆様、こんにちは。
仙台在住で、CookingStudio I-e(イーエ)という
お料理教室を主宰しております中村美紀です。
ミキティママもしくは、ミキティと巷では呼ばれております。
どうぞよろしくお願いします。
最近、時間があったのも手伝って、
「幸せのいきつく先」
についてずーーっと考えていました。
- 私の幸せって何だろう?
- 私は、どういう状態だと幸せだといえるんだろう?
- 私は、どうありたいのだろう?
って。
いい年してまだ幸せ探しをしています。
あっ、この、「いい年して」っていう考え方も、
日本人独特かもしれない。
だって、いい年だからね。
若い子には負けるわ!って歌っていた
森高千里の歌詞が染みるからね、もうw
なんかちょっと、
病み上がりのせいなのもあるかもしれないけど
陰に入っているタイミングでした。
私の師匠が、
たまたましいたけさんのこの記事について教えてくれまして、
ちょっと答えがみつかりまして。
占い師しいたけ.が独自に解説!
運の良さと「陰と陽」。
しいたけさん曰く
- 人の運を支えるのは「陰」である こと
- 陰の逆にある「陽」とは、「ハッタリ」である こと
- 今の日本社会って「陰と陽における、陽」、そして「ハレとケにおける、ハレ」の呪いに少しかかっているかもしれない
- 占いの現場で人を見てきて、すごく疲れた状態にある人って「明るく元気で、自分の意見をハッキリ言える」という人たちである
あー、あるある。これだって思いました。
友人が、「疲れて落ち込んだり、病気になったりするのは、必ず自分に無理しているとき」
と教えてくれて、別に無理してないかなぁって思っていたけど、
このしいたけさんの記事を見てあぁ、そうだなぁって気づかされました。
ちょっと、SNSの呪いにかけられていたような気持ちになりました。
しいたけさんの言葉を借りるとすれば、
「子どもの前で普段出さないシャインマスカットを、
あたかもいつも食べているかのように振舞っていた自分に気付いた」
というやつです。
要するに、幸せの基準を、
「人にどう見られるか」を優先して
「自分がどうありたいか」という自分軸を無視したら
なんだか幸せじゃなくなってちょっと疲れた、という状態。
イマココ、です。
かっこつけちゃったんですね、ちょっと。
ハッタリをかましすぎたんだと思います。
私がお料理を教えているのは、
お料理が好きだから。
自然の恵みに感謝しながら、
わくわくしながらその食材に向き合い、
自分のエネルギーを注ぎ、
自分の手を加えることで食材が食べ物になり、
これを食べてくれる人がいて
喜んでくれる人がいて、
私がお役に立てたなぁっていう実感をもらえる。
だから好きなのに、
なんだか背伸びしてたんだなぁ。
なんか、陽の部分ばかりにフォーカスしていた。
なんのために?
かっこつけたかったんだと思う(笑)
なんか単純に、
すごい人に見られたかったんだと思う(笑)
恥ずかしいけど。
こんなこと言うの、すごく恥ずかしいw
いちいちこれをいう必要はないのかもしれないけど、
SNSの呪いにかかっている人が少しでも楽になればいいと思うから
敢えていいますと。
10万円あったとして、ブランドのお高い財布をひとつ買うよりも、
ノーブランドの1万円のお財布を買って、
あとの9万円を使って、みんなでおいしいものを食べに行ったり、
お酒を飲んだりした方がすき。
自分の財布だけよりも、娘たちにお洋服を買ってあげたほうがいい。
わかりやすく説明するのに10万円ってかなり大きく出たけどw
いつも、1万円つかうのに躊躇しちゃうけどw
幸せを自分のところだけにせき留めておくよりも、
誰かとシェアした方がいい。
お金って、限りあるものだから、
誰かとシェアして循環させた方がわたしは幸せを感じる。
本当に欲しいもの1点買いはするけど、
滅多にブランドのものは買いません。
あ、欲しいお皿とか、食べたいものとかは我慢できないw
ブランド品よりもおいしい食材に満たされていることが、私の幸せ。
これは、わたしの価値観ですけどねw
あくまで。
365日あって、ハレの日、行事食、おもてなしの時間。
そんな華やかな食卓はほんのわずかです。
それと同じように、華やかな日なんてほんのわずか。
殆どが、SNSにUPできないような地味な時間です。
それは、イチローだろうが、softbankの孫さんだろうがきっと同じだと思います。
「夜中、ちょっと高いハーゲンダッツを子供にナイショで食べる幸せ」
みたいな、小さな日常を重ねそこに重点をおくことのほうが大切。
これこそが、自分軸を作ることなんじゃないかと思います。
コツコツ、自分の陰に、小さな光を当てること。
そうして、幸せを作っていくことが大事。
私は、華やかな日にスポットを当てる人ではなく、どうありたいかというと。
あなたの華やかでない地味な毎日に寄り添って、
太陽みたいにギラギラした光じゃなくて、
あなたの「陰」の部分に「それでいいんだよ」ってお月様みたいな柔らかな光を落とす、そんな存在でありたいと思います。
毎日、
「あなたにとって、心華やぐ1日でありますように」
って祈るのはそういうこと。
「華やかな1日にしなければならない」と強要したいのではなくて、
「あなたが、地味な日常の中に小さな幸せを見つけられますように」
って祈ってる。
そう、地味な日常がどれだけすてきか。
あなたはもう、なんでも持っているはず。
住むべき家も、あたたかなごはんも。
そして、あなたを愛してくれる、大切な家族も。
これはね、自分に言い聞かせているのですよ。
持っていることを自覚しなさい。
ないと思っている地味な日常は、光の角度を変えれば元々あったことに気付く。
気づいたら、感謝しなさい。
ありがとうって、愛してるってあふれるままに言葉にしたらいい。
わたしはわたしのままでいいのだ。
あなたは、あなたのままだからすてきなのだ。
今日も、たくさん、祈ります。
あなたにとって、心華やぐ1日でありますように。