明けましておめでとうございます。

旧年中はご高配を賜りまして有難うございました。

本年もこのブログをご愛顧のほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

 

私の実家では毎年大晦日の夜は夜更かしをし、時計が零時を回ると、ご近所の神社にお参りに行くのが昔からのお決まりなのです。

 

 

父が亡くなり、母は老人ホーム生活の今でも、この元旦朝一の参拝は欠かさないようにして来ました。ところが、去年も夕べも私は寝落ちてしまい、気が付いたのは夜明け方。結局2年続けて朝一初詣は実行できませんでした。

 

 

相当疲れてんだなぁ...私。こんな罰当たりな態度だから、いつになっても陽の目を見ることがないんだねぇ。今朝は犬の散歩から戻りお雑煮の準備だけ済ますと、神社に初詣しお詫びをしてまいりました。

 

 

私は今年から年頭に実現もしない夢を見たり、叶いもしない望みを抱くことは止すことに決めました!

 

 

2013年から去年まで、年頭の夢や望みは現実になるどころか、全く予想していなかった事実となって私に襲い掛かって来たからです。

 

 

2013年の春には母が脳出血で倒れた。そのことがきっかけとなり、父と母の生活は180度変わってしまい、すこぶる健康だった父の体まで急激に老化してゆきました。

 

 

2014年の春、旦那が会社を辞めることを決めた。理由は根掘り葉掘り聞きませんでした。男は外に出れば7人の敵ありと言うからね。人一倍我慢強い旦那が辞める決断を下したんだ。相当なことがあったんだと理解し、私はご苦労様でしたと労っただけでした。

 

 

しかし、グリーンカードを持っていなかった私たち夫婦は、会社を辞めたらアメリカにはもう居れない。これからどうするのと旦那に聞いたら、日本に帰ってペンションかカフェをしようって言うじゃない。

 

 

居酒屋ペンションってのが私たち夫婦の結婚してからの夢でした。でも、それは旦那が定年退職した後、年金と言う一定の収入を得ながら経営する、趣味のビジネス計画でした。それを本業としてやるの...?

 

 

不安いっぱいでしたが、旦那と二人なら怖いものないやで、私たちは私の実家のある街でカフェを開業する計画でアメリカを後にしました。

 

 

2015年、これまた春。前年末から急激に老化が進んだ父は、口からはもう何も食べれないほど嚥下が低下し、私は身を切られる思いで、父の胃に穴を開けてもらうことを決めたのでした。

 

 

その年92歳だった父。痛い思いをし胃瘻まで造設したけれど、結局数週間後この世を去ってゆきました。あと3か月長生きしてくれていたら、私たち夫婦のお店第一号客に成れたのにと思うと残念でした。

 

 

その年の5月、Cafe Wabi Savvyが開店しました。

 

 

あっ、話が横にずれますが、このブログの和美は、『かずみ』ではなくWabi Savvyの『わび』です。どうもいまだに、私の名前を“かずみ”と誤解しておられる方が多いようなので。(汗)

 

 

旦那の事業計画書は、ローンを組んだ銀行や、助成金をもらった市の担当者が驚くほど綿密に立てられていましたが、実際開店してみると、それとは裏腹に全くうまく回転しない!

 

 

駅のど真ん前という立地条件に惚れ選んだ店舗でしたが、実際は『駅前の隠れ家』とニックネームを付けられるほど人の目に全くつかない。

 

 

オープンして数か月後に初めて来店してくださったお客さんから、毎日この前を通るけれど、こんなお店があるとは知らなかったと驚かれる程人目につかなかったんだね。

 

 

その原因は店の前に立っていた大きな木と街灯。これが邪魔になって外から店が見えなかったの。大家さんに相談したら取り除くと約束してくれたけれど、その約束は次のテナントさんが入るまで果たされなかった。

 

 

日の売り上げが1万円ないって日も珍しくなかった。5万円を上回ったら、フロアーマネジャーのアキラ君と二人、喜んで踊りまくっていたからねぇ。(笑)

 

 

売上マイナスでも、家賃に光熱費、従業員の給料に食材費や雑費は同様にかかる。運転資金はすぐになくなり貯金にまで手を付け、それも底を尽くと、家族にお金を借りてまでの自転車操業でした。

 

 

もうケツの毛まで1本も残らず抜かれてしまい、2016年初春、たった9か月の営業でお店は閉店することに。

 

 

旦那はこれまでのIT経験を活かし、以前と同等の仕事を求職し始めました。贅沢言えないから、就職先は大阪に限らず、日本全国、イギリス、アメリカ、全世界に範囲を広めてジョッブハンティング。

 

 

でも、日本語が話せないってことで、ヘッドハンターやリクルートエージェントは、CVを送っても見向きもしてくれない。

 

 

「残念ながら現在貴方にピッタリのお仕事情報はありませんが、見つかり次第即ご連絡します。」と、社交辞令でも言ってくれればまだ救われるけれどさぁ、完全無視だよ!(怒)

 

 

仕方なくその年の秋から私が外に仕事に出ることになった。

 

 

本当は私だって昔の経験を活かしもっと金になる仕事がしたい。でも、旦那の日本語同様、私の場合は年齢が理由でエージェントからは完全無視されてしまう。結局、年齢関係なく動ける限り働かせてもらえる軽作業の日雇い人夫となりました。

 

 

年が明けて2017年になった。今年こそきっと旦那に仕事が見つかり、家計ももう少し楽になり、他人様から借りたお金も返済できると期待したけれど、結局仕事は見つからなかった!

 

 

「お金が返せないから待ってください!」と頭を下げに行く映画やテレビドラマで見るシーンが、まさか自分の人生に現実として起こり、お願いに行く可愛そうなヒロインを、去年は2回も演じるとは想像もしたことなかったよ。(笑)

 

 

そんな苦しい毎日の我が家にも、ちゃんと2018年はやって来ました!今朝目が覚め真っ先に、無事に新年が迎えるられたことに対し、私は心から感謝しました。

 

 

2013年から続く不運は、とうとう5年目を迎えました。(苦笑)5年目にもなると、いくら脳天気な私でも学習します。もう夢は見まい!望みは抱くまい!ってね。

 

 

今年もまた旦那には仕事が見つからないでしょう。そして私は、恐らく自己破産と言う、人としてなんとしても避けたかった決断を迫られることと思います。

 

 

私がこんなことブログに書くと、ネガティブ思考は良くないと指摘する方がいるかもしれない。ネガティブだとネガティブなことばかり起こる。反対にポジティブだとポジティブなことばかりが。でもね、ネガティブ思考も時には必要なんだよ。心の準備ってのが出来るから。(笑)

 

 

この年頭、私には夢も望みもない!でも、目標はあります!

 

 

また来年も無事に新年が迎えられ、今朝と同じようにそのことに心から感謝できるよう、365日、どんなに辛くても、毎日必死こいて生きると言うのが、私の2018年の目標なのです。

 

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