次に訪れたのは、庭園美術館とは山手線を挟んで反対側に位置する目黒区美術館です。こちらで開催されているのは『没後50年 藤田嗣治 本のしごと』と題して、画家・藤田嗣治のもう1つの顔である本の挿絵や表紙画に焦点を当てた好企画です。
藤田嗣治(レオナール・フジタ)の画業が広く取り上げられるようになったのは、本当にここ15年くらいのことで、それまでは本格的な画集や大規模な展覧会の開催もありませんでした。
最近はあちこちで作品に触れられるようになり、また君代夫人が亡くなられた後、膨大な作品や資料が各所に寄贈されるなどして、やっと全貌が見えるようになりました。
終焉の地フランスでの評価と日本の画壇での扱いのギャップが、ようやく埋められてきた感じがします。没後50年の今年、こうした展覧会が開催されることはとても嬉しいことです。
会場は2階からスタート。
4章 藤田嗣治と猫

A5サイズでコンパクトな大きさですが、充実した図録です。
目黒区美術館は、ちょっと駅から離れており、またきつめの坂の下なので、バスでのアクセスも良いかと思います。
そんなフジタは生涯を通して、フランスそして日本でも広く本の仕事に携わっており、美術品としての挿画の仕事や普通の本の表紙や挿絵もかなりの数になります。
今回は本の仕事に限らず、奥さまや友人に宛てた手紙類も併せて展示しており、本来の画業とは別の顔に着目しているところがポイントです。
展示は5つのセクションに分かれており、かなりヴォリュームのある展示です。
序章 絵と言葉への前奏曲
パリから、日本に残した当時の奥さまへ送った手紙や友人に出した手紙など。ちまちまと小さな字に絵が添えてあり、こんなの貰ったら嬉しいだろうなぁ、と思うような素敵な私信です。「絵はがき頂戴」と書いてあるのが可愛らしいです(左下のハガキ)。
東京美術学校を卒業したフジタは渡仏。のちに20世紀を代表する画家となる多くの面々が集まるパリで、その1人として頭角を現していきます。本来の画業とともに、コレクター向けの限定本の挿画も数多く手がけ、トップクラスの人気を集めていました。
2章 日本での本に関わる仕事と様々な制作
↑はそんな中から1927年の『エロスの愉しみ』。天使のイラストがとてもお茶目で、思わず顔がほころんでしまいます。
日本をテーマにした作品も多く見られます。
第二次世界大戦後、戦時中に戦争画制作に携わっていたフジタにその責任を負わせた日本画壇。いたたまれなくなったフジタはアメリカを経由して再び渡仏しフランス国籍を取得。以後日本に戻ることはありませんでした。
来日後に親しくなったアメリカ人のフランク・シャーマンは、美術愛好家でのちにコレクターになるのですが、混乱期にフジタの支えになった人物です。渡米に際し日本に残した君代夫人のサポートをしたり、彼女の渡航準備をしたり。そんなシャーマンに毎日のように書き送った手紙が残されており、この目黒区美術館が旧シャーマン・コレクションとともに所蔵しています。
活き活きとした絵手紙で、見ているだけで楽しくなります。
以前と同様に、パリに戻ったフジタは、晩年までコンスタントに本の仕事に携わっていました。油彩による連作『小さな職業人たち』から転用した作品や、友人ジャン・コクトーの作品への挿画など、1964年までの作品が展示されています。
体調を崩した最晩年はランスの礼拝堂建立に全てを捧げ、1968年に81歳で生涯を閉じました。
おおよそ時系列に膨大な仕事を俯瞰できる、素晴らしい展示でした。
最後は一階に移動し、フジタとは切っても切れないパートナーである猫とのコラボレーションです。
ここでは代表作である『猫の本』と『夜と猫』が取り上げられています。
他にも絵画や陶器、オブジェなどが所々に展示されていました。
フジタ好きの方は、観ておきたい展覧会です。

A5サイズでコンパクトな大きさですが、充実した図録です。
目黒区美術館は、ちょっと駅から離れており、またきつめの坂の下なので、バスでのアクセスも良いかと思います。
展示は6月10日まで。そのあとベルナール・ビュフェ美術館、東京富士美術館を巡回します。
フジタの本業?である絵画の方も、没後50年の節目として、7月末から東京都美術館での展覧会がアナウンスされています。こちらも楽しみですね。公式サイトはこちら。
さて、次の展覧会場には、バスで渋谷に出て田園都市線に乗り換えたのですが、実は直行できる目黒駅からの路線があることが後から判明。地団駄を踏みました(^_^;)












