今年が没後30年の澁澤龍彦さん。先月訪れたLIBRAIRIE6で開催中の展覧会『幻想美術館』も、残すところ会期あとわずかになりました。
秋雨前線の影響ですっきりしない陽気の10/14土曜日は、先月に引き続きトークイベントが開催されました。
今回は澁澤さんの奥様である龍子さんと人形作家の四谷シモンさんが登場。前回の巖谷國士さんもそうですが、澁澤さんにいちばん近しい方々のお話はたいへん貴重だと思います。
さて、今回のテーマは「澁澤さんについて」ということで、澁澤さんの日常ってどんな感じだったの?というような、ざっくばらんなお話になりました。
twitterよりお借りしました。ボソボソっと話すシモンさんと、よく喋る龍子さんが対照的でした^ ^
澁澤さんは著作や写真などからイメージすると、結構難しそうな感じの方に見えるのですが、「全然そんなことはなくて、普通の人」とのこと。人懐こくて基本的に来るもの拒まず。
お正月のエピソードを話して下さいましたが、訪ねてきた人が帰ろうとすると引き止める、引き止め魔だったと。話して飲んでは雑魚寝。下手するとこれが何日も続くので、龍子さんはいい加減困り果ててしまったと。シモンさんはいつも酒宴の餌食になっていたようで(^_^;)
シモンさんは澁澤さんの著作を通してハンス・ベルメールの関節人形に出逢い衝撃を受けたそうで、ここから本格的な人形制作に入っていったとのこと。「澁澤さんが良いっていうものは、みんな良いんです」という、完全な澁澤フリークになっていたそうで、すでに知り合いだった金子國義さんを通して澁澤さんとのお付き合いが始まったとのこと。初めて会った時は、あんな本を書いている人だから、さぞかし......と思ったら、全く違っていたと。澁澤さんが亡くなった時は、自分の中の柱が無くなってしまい、どうしたらいいのかわからなくなってしまったとのこと。
龍子さんが、「病院から柩が帰ってくる時、車の中でシモンが歌を歌ったのが忘れられない」というと、「澁澤さんから教わった歌でして」と、いきなり歌いはじめました。
車から家までの坂をシモンさんや金子國義さんらが柩を担いで運んだのだそうですが、金子さんが、「重いなぁ、二人入ってるんじゃないか」なんて言ってたエピソードも。そんな金子さんもすでに鬼籍に入られています。
澁澤さんは著作では音楽を取り上げることは無かったのですが、「本人は眼の人だって言ってるけど、実は耳がすごくよかった」と龍子さん。「私がお風呂で鼻歌を歌っていると、そこの音程が違う、と直るまで歌わされた」そうで、出来たらこんどは「じゃあ、元ので歌ってごらん」なんて。
親しかった土方巽さんの暗黒舞踏の真似をよくやっていたそうで、「とても上手いのよ」と龍子さん。土方さんの葬儀の時は弔辞を読まれたり、まさかその翌年に自分が亡くなるとは思わなかったのではと。
澁澤さんはテレビなどが好きでは無かったので、映像や音声が残っていないのですが、この葬儀の様子が映像で残されており(ディレクターが澁澤さんの大ファンだったそうで)、現在世田谷文学館で行われている展覧会の弔辞原稿の展示のところで音声が流されています。
意外なことに、澁澤さんは一人で旅行などに行けない人だったそうで、龍子さんが運転する車でもよく出掛けたそうなのですが、ナビもできず、「ほんとにダメなのよ」と。
会場からの、いつもお洒落ですが、の問いに、たくさん持っていた訳ではないけど、こだわりはあったそうで、龍子さんの着るものにも、これは良い、これはダメなど注文をつけていたそうです。
まだまだあれこれ面白いお話がありました。あっという間の1時間でした。
世田谷文学館でも講演会や対談があり、巖谷國士さん、四谷シモンさんも登場します。
展覧会のオススメはどのあたりでしょうか?との質問に、たくさん原稿とか、部屋の中のオブジェとか出ているのだけれど、私はいつも見ているものなので、どれかと言われると困っちゃうわね。とりあえず全部みて下さいねと^ ^
四谷シモンさんが澁澤さんについて語った映像です。
巖谷國士さんの『澁澤龍彦論コレクション』の案内も出来上がってきていました。
こちらもぼちぼち書店に並びますかね?