この頃の日記はもう部活(バレー)一色の
生活だから、面白いこともなんともない。
日記を読み返してみると、
この頃、暇なときはけっこう
ガッパ(柴田くん)の家に
行っている様子が書かれている。
(アラカンとは同じ町内仲間でもある)
その当時、柴田和久君の家には
卓球台があって遊べるのだ。
しかもその卓球台、倉庫みたいなところに
あって、雨の日でも濡れないでやれるのだ。
だから我々=部活仲間の悪ガキ連中は、
暇になると、柴田くんとはそんなに仲も
いいわけでもないのに
彼の家に勝手に押しかけて、
めっちゃ卓球で遊んでいた。
そんな日記がこちら。
昭和46年4月25日。
今日の部活は学校の体育館であった。
昼からは、ガッパ(柴田くんのこと)の家で、
成田くんとハッチ(蜂須賀くんのこと)とで
卓球をやった。
昭和46年7月27日。
朝のうちは、成きん(成田くん)と
ちゅぼ(大久保くん)とで
康生の方へ行って、
本を買ったりした。
昼からは、ガッパのうちで卓球をやった。
夜は夜で、部活があった。
昭和46年8月9日。
今日の部活は朝からだった。
試合の前日というのに、とても不真面目な
練習だった。
昼からは、ガッパの家で、
卓球を少しやった後、
別の柴田くんの家でも遊んだ。
そんなガッパ(柴田くん)も、
病気で60代で亡くなった。
立派な家だった。
青瓦が特徴的な家で、
両親ともに立派な方だった。
私たち中学生の悪ガキどもがいつも勝手に
家に押しかけては、卓球を散々やって遊んで
帰るという、もう迷惑なことばかり
やっていました。
ガッパ、そしてご両親さま、
どうもすみませんでした。