中学2年生の夏に、2泊3日で
山の学習があるのが定例と
なっているようだ。
その前に面白いエピソードを
見つけました。
昭和46年4月22日。
今日の音楽の時間、とんだエピソードが
起こった。
それは、先生が「アラカンのノートを
見せてくれ」と言って、
僕のノートを見たその時、
先生の手から僕のノートが落ちて、
音楽室の床の隙間から縁の下に
落ちてしまったのだ。
10分くらいかかって、
先生が拾ってくれた。
そう言われると思い出します。
スローモーションのように
ノートがするりと落ちて、
吸い込まれるように床の下に
落ちていく様子が。
この時代、今のようなフローリングじゃ
ないですもんね。
隙間だらけですもんね。
昭和46年8月3日。
朝は学校へ行った。
というのも、明日は山の家にいくので、
その持ち物検査があるからだ。
昼からは、
スポーツガーデンで部活の練習があった。
1年生がいなかったのでたるかった。
昭和46年8月4日。
今日はいよいよ山の家に行く日だ。
しかし、台風の接近で天候があやしい。
が、1日目はまあまあの日だった。
時より雨がザーザーち降ったので、
道はジュクジュクで、靴はすぐベタベタに
なった。
飯盒炊飯の出来は、まあまあだった。

昭和46年8月5日。
今日は1日中雨だったので、
いろいろな予定が変更になった。
ハイキングが中止だし、宝探しも
中止になったので、テントの中で
ラジオを聞いたりしていた。
夕方にロッジの方へ移った。
昭和46年8月6日。
今日はロッジのロビーで一夜を過ごした。
矢作中も一緒だったので、いろいろと
不便だった。
食事は交代でし、トイレとか階段の
使い方とか。
そして、バスに乗って家に帰った。
この山の家のことはあまり記憶にない。
ただ、飯盒炊飯をしている写真が
残っていると思う。
後日、アップします。
部活があったり、学校行事があったり、
彼女のとこへ電話したり、
友達の恋愛相談に付き合ったりと、
めっちゃ忙しくしているようで、
びっくり。
今ではとても考えられない。