夏休みといっても、
アラカン家は父も母も忙しく
どこへも連れて行ってはくれない家だった。
家族で旅行だなんて、
そんな記憶もほとんどない。
そんな中、夏休み後半に親戚のある
紀伊勝浦に、1週間ほど行くことになった。
その時の様子を日記で読み返してみます。
なぜかしらん、担任の先生に電話して、
旅行へ行っていいか?って聞いて
いるんですよね。
多分、長期の旅行する場合は先生に
連絡すること、なんていう決まりが
あったのだろうか?謎です。
昭和44年8月20日。
今日、〇〇先生に和歌山へ行っていいか相談した。
先生は、「宿題がやってあればいいよ」と
言われたので、行くことにした。
僕たちは、名古屋で電車を乗り換え、
紀伊勝浦に向かった。
その辺から、頭がズキズキして
締め付けられるようになった。
本当いうと、家を出る前から少し頭が重たかった。
そのまま我慢して勝浦まで行った。
そしたら、勝浦のおじさんが僕のデコに手を
当てて、体温をみたら、「こりゃ、あかんぞ。
医者にいかんとあかんや」と言って、
僕を医者に連れて行って、
注射をうってもらった。
昭和44年8月21日。
今日の夕方から体が震えてきて、
頭が痛くなったので、早く寝た。
布団をかぶって寝たので、噴水のように汗がでた。
あまり暑かったので、起きた。
そしたら体の中まで風が入るくらい涼しくなった。
昭和44年8月22日。
今日の昼まで頭が痛かったが、
晩ご飯がとてもうまく感じたので、
もりもり食べた。
旅行に行く前から頭が痛かっただなんて、
知らなかった。それほどまでして、
旅行に行きたかったのですね。
長くなるので、後半はまた明日へ続きます。