おどろおどろしい本、「たった一人の生還」。

 



その中で興味がひかれたのは、

死にそうななった時に、幻覚症状が

現れたというくだりだ。

 

アラカン自身も過去に、

人間、死ぬ間際には昔の事が

走馬灯のように現れるということを

聞いたことがある。

過去のことがフラッシュバックのように

よみがえってくるというのだ。

 

この本の中でのそのくだりを紹介しましょう。

 

一人になってから、よく幻聴幻影が

現れるようになってきた。

 

子供たちが岸壁で遊んでいるのが見える。

私は、ラフトで浮いている。

そこから、岸壁でキャッキャッ言いながら

遊んでいる年端もいかない子供たちを見ている。

「ああ、どこかの港に着いたんだ」と、

私は思う。

でも、子供たちは気づいてくれない。

どうして、自分に気づいてくれないんだろうと、

じっれたく思いながら、急いで入り口の

チャックを開ける。

この辺の順番が狂っていることに、

まだ私は気づかずにいる。

しかし、開けて見るとさっきまでと変わらない

海また海の世界である。

 

一度などは、港に上陸する幻覚を見ている。

医者の家まで行き、扉をたたくのだが、

誰も出てこない。

そんなこともあった。

 

もう一つは、漁船がくるのだ。

大きな音でガンガン演歌を流しながら。

大漁旗をかかげ、私を助けに来てくれる。

聞こえてくるのは、決まって

美空ひばりの「川の流れのように」だった。

 

特別美空ひばりが好きなわけでもなく、

ましてやこの「川の流れように」の歌詞すら

きちんと知らないのである。

それが決まってはっきりと。

「あ〜あ、川の流れのように、、、」という

サビの部分が大音量で、繰り返し繰り返し

聞こえてくる。

 

「ああ、船が助けにきた」と思い、

寝ていた体をラフトのゴムの壁にしがみつきながら

何とか起こし、立て膝になり入り口のチャックを

開けて見る。

 

しかし、あたりには何にもない。

私をあざわらうかのように、果てしない海が

あるだけである。

「ああっ、ちくしょう」と言いながら、

ラフトに後ろからひっくり返るようにダッと

倒れる。

この幻覚を何度も見るのだ。

 

また寝ていると、すぐ目の前に携帯電話がおいてある。

起き上がって、それを取り、家の電話番号を押し、

電話をかけている。だけど、全然つながらない。

 

あるいは、ジュースの自動販売機の前に立ち、

コーラを買おうとするのだが、いくら探しても

小銭がない。そんな夢も見ていた。

 

もう私は、精神的にも肉体的にも限界に近かった。