日記帳の中に、走り高跳びでの練習の様子も

あったが、ここでは割愛する。

 

いきなり走り高跳び、当日のお話。

 

昭和44年11月2日。

今日は小学校陸上大会の日だ。

それで、朝7時半に市民病院の前に

集まって、岡崎公園グランドに行った。

 

しばらくすると、開会式があった。

その後、フィールド競技が始まった。

そして、34人もの人が高跳びをやる。

 

始めのバーの高さは1M10だった。

この高さは楽々と跳んだ。

そして、またバーの高さは5センチ上がり、

1M15となった。

 

しかし、僕は硬くなっていたせいか、

1回目は失敗した。

 

しかし、2回目では跳べた。

また5センチ上がり、バーの高さは

1M20となった。

 

僕は、「よし跳んだるぞ」というと思った。

だが、惜しくも失敗した。

そして2回目を跳ぶときは

高跳びのことしか考えなかった。

そして、2回目では跳べた。

 

次にバーの高さは、

1M25に上がった。

けれど、跳べなかった。

そのほかの子も10人くらい跳べなかった。

 

そしていよいよ僕の番になった。

僕は深呼吸して「えい」と跳んだが、

バーが足に引っかかって落ちた。

 

その時、僕は次跳べなかったら終わりだと

思ってしまった。

僕の番が近づくたびに喉がかわいてきた。

それで、体をほぐすためにも少し走った。

 

そして、全力を出して跳んだ。

けれども、右足がほんの少しバーにかかって

バーが下に落ちてしまった。

 

僕はもうだめだと思ったが、自分にしては

割と良く跳べたと思った。

それはこの頃1M20なんて跳んだことが

なかったからだ。

 

僕はこの陸上大会参加は、自分にとって

良い勉強になったと思った。

 

懐かしい、今でもこの辺りの光景は

思い出すことができる。

 

この時の優勝者の記録は、

1M37だったような。

その人は、のちに同じ中学で一緒に

なりました。

 

ちゃんちゃん。