小学校の思い出の中で、

嫌なことをあげるとするならば、

アラカンは、マラソン大会と、

年間2回ある予防接種(注射)をあげたい。

 

情けない話、子供ながらにほんと注射は

いやだったなあ。

前日から、ドキドキしていた記憶がある。

日本脳炎の注射とインフルエンザの注射。

冬のインフルエンザなんぞは、

1回打ったと思ったら、翌週にも

もう一度注射を打つもんね。

ほんと嫌だった。

 

で、今日はリアルなマラソン大会の日記から。

日付を見ると、3月3日となっていた。

最近は、ずっと1月の中頃にやっていて、

てっきり、昔も1月だと思い込んでいた。

 

昭和44年3月3日。

今日の2時間目にマラソン大会があった。

僕はドキドキしていて心配だった。

しかし、「よーいどん」と一斉に

スタートした。

僕は、その時真ん中のへんにいたので、

やるぞというやる気が出た。

そして、坂でダダダダとスピードをかけたら、

みんなが後ろへ行くようになった。

その時、僕はこのまま続くかなあと心配の

気もしたが、みんなの後についていった。

 

そして、細い道にはいると山本くんを抜きそう

だったが、抜けなかったので、そのまま

山本くんの後ろについていくことにしたら、

今度は神谷くんがものすごいスピードで

僕を抜かしていくので、僕もスピードを

入れるぞと思って走った。

 

そして、最後の坂にかかったら、

もう少しだ、がんばれと自分で励ました。

 

そして、ゴールに着いたが、

山本くんを抜けなかったが、

全体の6番になれた。

僕はスタートするとき、20番以内に

入れるかなと心配していたが、

6番になれたので、自分でもよくやったなと

思った。

来年は、1番をねらうぞと思った。

 

5年生のときは、6番だったんだ。

知らなかった。

で、6年生では何番だったのだろうか?

気になるところではある。