先日残念なことに、人前で話す機会に

恵まれてしまった。

正直、アラカンは人前で話すのは好きではないし、

得意でもないし、うまくもない。

 

しかも、前日に説明資料を渡されて、

その資料をもとに、翌日に皆さんの前で

説明しろっていうのだ。

なんとまあ。

それでも、そうは緊張はしていない。

それはアラカン自身の年のなせるワザか。

 

人前で話すときの緊張度合いを、

アラカン人生の中での、ビック3なるものを

挙げてみたい。

 

まず第3位は先日の説明会にしておきましょう。

 

そして次の第2位は、

アラカンが東京単身赴任時代にあった、

多くの営業部員を前に、会社の経営状態やら、

BS(貸借対照表)状況を説明した時だ。

 

この時アラカンは、まだ決算書とか、

BSについての理解は、今一つだった。

この時は、自分一人で資料を作成し、

自分も勉強しながら、資料を作ったものだから、

相当時間もかかった。

自己資本比率のことやら、

日本の会社の自己資本比率の平均値やらを

調べたもんだった。

 

そしてこの会議には、会社の役員とか支店長とかも

参加していたから、よりいっそう緊張していた。

情けないが、自分が少しでもできるところを見せてやろう

なんていう、よこしまな考えも多少なりともあった。

そんな会議での説明だった。

 

そして映えある堂々の第一位は、

アラカン若干34歳頃にあった、

会社役員に対しての月次報告の場だ。

 

これは、アラカンの2番目の会社で、

会社もブラックで、その社長も機嫌の波が

激しい人だから、より緊張した。

 

その会議の場所が、薄暗い重厚な会議室で、

絨毯もふかふかで、それだけでもう

緊張してしまうくらいの部屋だった。

 

アラカンは33歳、34歳の若さで

工場経理の課長になってしまい、

こんな重責を負うことに相当嫌気を

さしていたものだった。

 

まあ長い人生の中で、

一回くらいこういうことがあっても

いいですよね、という感覚もあった。

 

これくらい緊張した場面も自分が乗り

越えてきたのだから、もうどんなことが

あっても大丈夫でしょう、という

自信もできてきた。

 

だからその後、緊張する場面があると、

いつもあの時の役員会議室での説明の

緊張感を思い出すことにしているのだ。

 

あの時の緊張感に比べたら、

今回なんて、大したことないね。

 

そんな懐かしい2番目の会社の

経験談、思い出話でした。

ちゃんちゃん。