今までアラカン個人に関しての事は

このブログではあまり書いたことがないが、

今回はそこに触れてみたい。

 

アラカンには3人の子供がいる。

子供3人だが、皆男だ。

女の子も欲しかったが、その願いは

かなわなかった。

 

3人とも皆、無事に大人になって、

就職し、結婚し、子供もできた。

やれやれである。

ほんと、やれやれである。

 

しかしである。

ああなれば、こう思う。

 

何を隠そう、

アラカンの3人の子供がよりによって、

結婚した相手が、2人姉妹の二女と

結婚しているのだ。

まさに、事実は小説よりも奇なり、

である。

 

しかも、これがまたよりによって、

3人が3人とも相手方の実家両親の家近くに

住んでいるという、不思議感。

 

1人は、相手方の実家近くの賃貸に住み、

もう一人は、相手方の実家近くに家を

建ててしまっている。

 

そして、もう一人も今はまだ賃貸に

住んでいるが、この先どうなるかわからない。

 

となると、アラカンは両親から引き継いだ

この家はどうなっていくのだろう、という

漠然とした不安感がある。

まあそれも、アラカンが亡くなった後の事だから、

アラカンには知ったこっちゃあないんだけれども、

心配というか、悲しいというか、残念というか、

複雑な思いが入り混じる。

 

せっかくの家。

広い通りから一つ入った閑静な住宅で、

交通の便利もよく、コンビニも近くに2つある。

市役所へも歩いていけるほどだし、

電車駅も頑張れば22分で歩ける所だ。

町の病院だって、徒歩圏内だ。

 

こんな便利な家が、

先々、遠い将来には他人様が住むという。

 

まあ、こんな思いをするくらいなら、

早く亡くなった方がいいのかもしれん。

 

ああ、人間長生きはするもんじゃないね。

 

徒然草の中にもこんなくだりがある。

「あだし野の露」第七段である。

 

命長ければ恥多し。

長くとも四十路にたらぬほどにて

死なんこそめやすかるべけれ。

<中略>

夕の陽に子孫を愛してさかゆく末を見ん

までの命をあらまし、ひたすら世を

むさぼる心のみ深く、もののあはれも

知らずなりゆくなんあさましき。