何を今さら、って感じもするが、

今回は、アラカンの中学生時代の

部活のお話を。

 

アラカンの中学時代、

今からもう50年以上もまえの話だ。

 

アラカンの中学時代は、

この時代、結構人気のあったバレーボールを

やっていた。

 

でも、自分からすすんでバレーを

やったのではなく、自分はバスケが

やりたかったのだが、人員の関係やら

大人の事情やらで、バレーをするようになった。

 

実際、野球部志望にもかかわらず、

バレー部になってしまった人も何人かいたが、

その何人かは、野球部に移っていった。

 

アラカンはその当時、小柄にも関わらず、

運動神経は良かったので、すぐにバレーにも

慣れて、サーブ、レシーブと

上手くなっていった。

 

2年生の時には、同級生の投票により、

アラカンがキャプテンをやっていた。

 

その後、我がバレー部は市内でも

かなり強いチームという部類に

入ってきていた。

 

そんな中、アラカンはキャプテンとして、

部員をまとめていく自信がなくなってきていた。

今思えば、アラカンの人望の無さということに

なるんでしょうね。

 

アラカンは、意を決して中学3年生の

5月12日の昼の放課後、

部活の先生に、

「キャプテンを辞めたい」と申し出たのだった。

先生は、びっくりした様子だったが、

いろいろな世間話やら、雑談やらを1時間程度

話をした。

結局、今の副キャプテンがキャプテンとして

やっていくことになった。

 

その後、我がバレー部は、6人制県大会で優勝し、

全国大会へ(東京)も行った。

が、1回戦でころっと負けてしまった。

(この当時、6人制と9人制が混在している

時期だった。)

 

その後、何十年と経って、

中学時代の話になった時に、

アラカンさんは、バレーの全国大会に出て、

その時のキャプテンだったんですよ、って、

(間違った)紹介をされることが多々ありで、

自分でもそのことを否定できず、

今日まで至りました。

 

そうじゃないですよ。

途中で、キャプテンを辞めたんですよ、って

言いたいんですけど、今さらそうは

言えないんですよね。

 

今回のこのカミングアウトで、

かなり気持ちが楽になりました。

 

よくよく考えると、キャプテンだろうが、

副キャプテンだろうが、

そう大した問題ではないんですけどね。

今、この年になってみると。

 

こんな風に思ったのも、

昔の日記をパラパラを読み返したからだもんね。

(アラカンは、この当時毎日日記を

書いていましたです。)

 



別の見方からすると、

中学3年生で、よくもまあ「ませた」考え方を

していたもんだと、自分でも驚く次第です。

はい。