ビッグモーターの話題が、マスコミの中でまだ尽きない。
この話題は多岐にわたる。
これらの諸悪の根源は、皆は口をそろえて
副社長の兼重宏一だと言う。

2代目の副社長、同族会社と言って、
アラカンが思い出すのは大学を卒業して2番目に
中途入社した食品密封保存容器を製造している会社だ。

この会社、今となっていろいろとわかってきたが、
ここの会社の株式は、外資がすべて保有していて、
多分個人が保有していることはなく、
工場長も雇われ工場長のようだった。

しかし、雇われ工場長といえども、権力は絶大であった。
工場は従業員400名前後のまずまず大きな工場で、
工場立ち上げからどうも工場長がかなり尽力して、
作り上げたようだった。
まるで自分の会社のように1から作り上げたような工場だった。

そこには工場長の息子がいた。
皆が妙に気を使っている息子だ。
アラカンも中途入社するなり、彼には気をつけた方がいいよって、
忠告も受けていた。

その当時は彼は老けて見えていたが、
今もって手元にある資料を見ると、なんと彼はアラカンよりも
わずか4つしか離れていないのだ。
あの当時、アラカンは25歳で入社したが、
彼はまだ29歳だったのだ。

にもかかわらず、すでに総務部長とかをやっていた。
(多分。記憶が曖昧だが。)

その後、彼は製造副部長、製造本部長と昇進の道を
駆け上がっていった。
海外の来客、社員のお世話やら、社内での主なイベント関係は、
彼が全てを牛耳っていた。

そんな彼は、若さのせいか、癇癪持ちのところもあった。
機嫌が悪いと大きな声を出したり、いらちな態度をよくとっていた。
そんな彼との会話だったり、仕事上のやりとりも
アラカンは相当嫌だったし、彼の顔をまともに見ることすら
できなかった。

一刻も早くこの会社から抜け出したい、
早くこの会社を辞めて、他の会社に行きたい行きたい、
そればっかし考えていた。

アラカンがこの会社を辞めて以降、
その後、彼がどんな人生を歩んで行ったかは知らない。
ただ、その工場も縮小され人員も削減されていったことを
見るにつけ、厳しい道のりだったに違いない。

彼は、その工場の経理部にいた女性と
結婚したが、これまた不思議な事象として、
アラカン周りの社員内で噂をしていた。

今思い出しても憂鬱になってしまう