2番目の会社では、いつ棚卸しをしていたか、
今となっては記憶は定かではない。
年に2回していたのか、1回だけだったすらも
覚えていない。

覚えているのは、棚卸しの数値を反映させる前の月末に
棚卸実査をしていたということだ。


これは、棚卸しの実数と帳簿の数値との差額が大きかった場合に、
その差異について、その原因調査の時間を与えるというものだ。
その後、棚卸しの数値について役員会の承認を得て、
棚卸しの数値を翌月の帳簿に加えて、確からしい在庫数に
置き換えるというものだ。
(いきなりわかりにくい話でスンマソン)

その会社では棚卸しが厳格だったことにいささか驚いた。
当然といえば当然なんだが、その当時まだお子ちゃま
アラカンだったもんで、非常に困惑した。

まず棚卸し数値をカウントする棚卸票は、業者が何千部と
印刷したものだった。
さらに、第一カウントは白色の用紙、第2カウントは赤色の用紙、
そして第3カウントは緑色と色分けされていた。
そのすべての棚卸票には、番号が与えられて、個別に管理されていた。

加えて、その棚卸票(番号入り)がきちんと回収されたかどうかを
管理するために、棚卸管理表を作って、その表自体も管理していた。

ある品番の商品をカウントして、第一カウント(白色)と
第2カウント(赤色)の数値が一致すれば、それで完了だが、
もし数値が一致しない場合は、カウントする人を変更して、
また同じ商品を緑色の棚卸票でカウントする。
そこで一致すれば完了だが、もしまた違う場合は、
第4カウント、第5カウントということで、一致するまで
カウントは実施される。
(第4、第5カウントは滅多にないが、、。)
こういった棚卸しは、工場が止まっている土曜日か日曜日に
実施され、ただでさえ残業が多かったのに、棚卸しでますます
残業がかさんだもんだ。

さらに、棚卸実査にはたいてい本社経理の人、
会計士も立ち合いに来ていた。
なぜに棚卸しに会計士がわざわざ東京から来るんだろう?
なんて疑問は、その当時のアラカンには全くなかった。

その辺りの話は、次回のこのコーナーで。