前回の「その6」では、ウィークリーアセンブリに
リハーサルがあるっていう話をした。
イベント(行事)は、それだけではない。

会社(業務)の性格柄か、女性の販売員が多くいる関係からか、
女性販売員を喜ばせるようなイベントも多い。
工場にも女性の社員も結構多い。
その当時、ざっと400名、社員がいたとして、
約半数くらいが女性だったように思う。

年間の大きな行事は、ざっと以下の通り。

ニューイヤージュビリー
スターパッカー
ミニクラウンサークル
ファミリーデイ
スターモルダー
盆踊り大会
1000スターファミリー
サマージュビリー
水泳大会
ハワイアンナイト
20周年記念行事
DOPS開設行事
D/B来所

その当時、それぞれの行事用の勘定科目を設定して、
費用をそこに集約していた。

ジュビリーというのは、祭典とでもいうのだろうか。
発送センター内部の大きな倉庫を利用して、
そこに大きなステージを作って、そこで各種表彰プログラムを
実施したりもした。
それが、ニューイヤージュビリー=新年会
サマージュビリー=夏の祭典
である。

そういった大きなステージを作ってのイベントとなると、
通常の音響機材では足らなくて、
豊橋にある何とかスタッフという音響制作会社にお願いして、
大きなスピーカーとか、マイクとか照明設備もお願いした。
(ああ、思い出した。何とかスタッフ=アートスタッフだ。
今もその会社、存在しているのだろうか?)

工場内には、防火用水を兼ねて、25M5コースだったか?の
プール設備もあったりもした。
夏には、そのプールを地元の子供たちにも開放していた。

一番下に記載した「D/B来所」のD/Bは、
ディストリビューターの略で、平たく言えば、
商品の販売代理店のようなもの。

D/Bは、その当時全国に約170ほどあり、
女性たちが、日夜ホームパーティを開いて、
近所の奥様方を集めて、食品密封容器を使い方の説明を
しながら、その場で販売もしていた。
そのホームパーティが、販売の肝となっていた。


そのD/Bたちが、年に何回か、製造現場を見に工場へ
よく来ていた。
D/Bの下にマネージャーと呼ばれる人たちがいて、
実質はその人たちが、商品を販売していた。

もっと言えば、一番下にディーラーがいて、
その上にマネージャーがいて、一番上にD/Bが
いるっていう図式になっていた。

この販売方法が、ネズミ講まがいとかで、
時々批判めいたこともあったように思う。

とにもかくにも、
裏方である音響屋さんは大変だった。