一汁一菜という言葉を聞いたことがありますか?


多くの人は、聞いたことがあるでしょう。
アラカンももちろん、この言葉を聞いたことはあるが、
字のごとく、一つの汁と一つの副菜くらいの
理解だった。

一汁一菜の、その向こうにある意味は、
全く分かっていないかった。

質素のようで、健康的(ヘルシー)で、
簡単に作れる料理。
それが、一汁一菜、のようだ。

副菜は、魚とか煮物ではなくて、普通は漬物だけのようだ。

ほんと、つましい料理だ。

今どき、味噌汁と漬物だけで、ご飯を1杯食べてる
人がいるだろうか?

ただ、江戸時代の時代劇を見ていると、
こういった一汁一菜の食事場面が
よく出てきている。
昔は、皆こういう食事だったんだよね。

(前振りが長い)

アラカン自身も一汁一菜のことは
よくは分かってはいないが、
質素な料理で、味覚に磨きをかけていき、
旬の食材を味わう喜び、旬の食材に出会う楽しみを
呼び起こす、というのだ。

これらは、B Sの番組で、土井善晴さんが言っていた。

今年、長きにわたって山之口に一人で滞在し、
自分で食事を用意していて、
朝は、パン食だったり、昼食は麺類、
夜は、トマトに冷奴にスモークチキン(時には鳥胸肉、モモ肉)の
食生活をずっと続けていると、不思議と夜寝るときに、
明日の昼は何を食べようか?とか、
朝は何を食べよう?とか、食べ物を妄想をしている
自分がいるのだ。

昔行ったあの店のあの料理が美味しかったとか、
今度、あの店に行ってみようとか、
食べ物をやたら妄想、夢想しているのだ。
そして、ほんわか自分が幸福感に包まれているような
感じがしているのだ。

こんな感覚は、家族で暮らしているときは、
思ってもいなかったが、
こうして、つましい食生活をが続いているときに、
食の幸福感が押し寄せてきたのだ。
何か、食への感性が研ぎ澄まされてきているようでもあった。

今さら。他人を巻き込んで一汁一菜を推奨するつもりはないが、
何か自分がようやく一汁一菜奥義の入り口に
きたことをうれしく思った今日この頃であった。