題にあるような言葉なんて、言葉は普通にありふれた言葉で、
普段は全く気にしていなかった。
それが、どうした。
先週の日曜日の夜、
風呂から上がって、パジャマのズボンを立ったまま、
はこうとしたら、どうしたことか、腰に激痛が走ったのだ。
おおおっ、やっちまった、か?
ちょいひねったか?
普通ではない痛さだった。
おおおっ、これでは明日会社に行けへんじゃないけー。
どうないしまひょ。
こんな思いが頭の中をぐるぐると駆け巡る。
(誰かの歌のよう)
寝返りもしんどかった。
もっとしんどかったのが、クッキーとの散歩だった。
歩くのがしんどかったのだ。
今回の「ぎっくり腰事件」で、思ったのは、
自分で歩けなくなった瞬間に、自分の生活リズム、
自分の普段やれてきたことがすべて消し飛ぶことを知った。
今まで、クッキーとの散歩も何気なくやっていたが、
それも出来なくなるし、会社へも行けなくなる。
美味しいお店へも、そう簡単に飲みに行けなくなる。
そう考えると、自分で歩ける、健康でいられることは、
ほんと、何事にも代えがたい宝物ではないかと。
We do not realize the value of health,
until we lose it.
(高校時代に試験に出た英語の問題。
今でもなぜかしらん覚えている(笑))
