先週に、息子の結婚式披露宴があった。
G20の関係で、高速道路の大渋滞も予想されたが、
何とか普通に問題なく式場に到着できた。
式も滞りなく、盛り上がりながら、しかも淡々と進行していった。
あらかんは、自分たちの35年前の式と、頭の中でシンクロしながら
何となくぼんやりして、客観的に式の進行を見ていたようだった。
披露宴冒頭の主賓のスピーチは、素晴らしいものがあった。
当人の声の感じとか、抑揚だったりも、あらかんには「ど」はまりの
スピーチだった。
主賓の方は、あんちょこ無しの5分くらいの長目の
お祝いスピーチではあったが、全く聞いている人を退屈にさせなかった。
いや、もっと聞いていたいとさえ思った、久しぶりのグッドスピーチだった。
そこから、乾杯・食事に入っていく訳だが、
またそこでのワインの美味しいこと美味しいこと。
特に白ワインが美味しかった。
5、6杯、ぐびぐびいってしまった。
やっちまった。
お客様へのビールを持ってのご挨拶も一通り済ませ、
またぐびぐび。
あああ、やっちまった、ね。
中座、お色直し、余興等々で流れる流れる。
あらかんが、自分の出番(両家代表あいさつ)なぞ、もうすっかり
忘れていた。
それもそのはず、バンド。
あんちょこ=カンペを用意していたもんで、
もう敵なし、怖いものなしって感じに出来上がっていた。
で、そうこうしていると、
いきなり式場のスタッフさんが、こちらの方へ来てくださいと
言うではないか。
あれれ?もう最後ですか?
そうです、最後の場面ですよ、って言われてびっくり。
心の準備もできてへんし。
普通、最後にあんちょこを読み返すぐらいして、
心の準備、発声のトレーニングぐらいするでしょ。
それら一切なしの、両家代表のあいさつ。
もう、いきなりって感じでした。
ろれろれ、呂律(ろれつ)。
呂律と言えば、ら行が上手く言えなくなるようなことって
思っていませんでした?
実は、この呂律、もともと中国から伝わった雅楽の言葉「りょりつ」らしい。
「りょりつ」は「言葉の調子」を意味し、「呂(りょ)」と
「律(りつ)」という音階が合わないことを「呂律が回らない」と言った
ことから、一般にも広まり「言葉がはっきりしないこと」を意味するように
なった、とさ。ちゃんちゃん。
せっかく、大準備をしてきたのに、
最後の最後で、大失敗とはいかないまでも、
自分の思う様にできなかったことは、相当悔やまれるもんだ。
もうちょっと、直前に緊張していればよかったとの後悔もある。
そういう点では、緊張感が無さすぎるのもよろしくないという
ことが、この一件でわかった。

