一時期前に、元プロ野球球団の監督であった野村監督が、
「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」という事を
言って、この言葉が有名になったことがあった。
この言葉の意味は、負ける時は、負けにつながる必然的な要因があるが、
勝つときは、(どうして勝ったのかどうも思い当たらないという)
不思議な勝ちがある、というものだ。

アラかんも、この言葉は知ってはいたが、今一つピンときていなかったし、
中々腹に落ちていなかった。
というのも、勝つ時は、勝つべくして勝つのであって、不思議な勝ちという
ものがあるのかなあ?と疑問に思っていたからだ。

そんな時、先日BSテレビでやっていた奇跡のレッスン(バレーボール編)に
やってきたバレーボールのコーチが言った言葉に、
「勝った試合は、次の試合もあるし、勝った喜びとかで、勝った要因なんて
すっ飛んでしまうが、負けた試合は、負けた要因を分析でき、負けた悔しさもあって、
しっかりと学習し心に刻むことができる。負けた試合にこそ意味がある。」がある。



この言葉は、すっと腹に落ちた。
そうよね、勝った試合は覚えていないけど、負けた試合、
自分のミスで負けた試合なんぞ何年たっても忘れないもんね、と。

仕事でも同じようなことがあると思った。
うまくいった仕事はほとんど覚えていないが、ミスしたり
叱責された仕事は忘れることができない。
悔しさもあるが、もう2度と同じ間違いはしないようにすることが肝要だ。
そのためにも、小さなメモ帳ではなく、普通の大学ノートに、そのミスした
出来事の詳細、人とのやりとり、経緯をしっかりと記録しておくことだ。
もちろん日付も入れてね。
そして、そのノートを事あるごとに読み返し、自分の歩んできた道を振り返り、
時々は自分の原点とは何かにたち返ることを提案する。

画像は、25年のサラリーマン時代に、あらかんが仕事の事を書き留めた大学ノート19冊のうちの一部。
なつかしい銀行との借入金の交渉も生々しい。
なつかしいTさんの名前もちらほら散見。