先日のこのブログで、昨今の若い世代の幸福感が
限られてきていて、この先が心配なんて書いた。
今回はその続きを。
いまどき、学校時代でも、先生たちも昔のように殴ったりすることはできず、
気を使いながら、パワハラにならないように叱るしかない。
家庭生活でも、子供の数も1、2人と少ないため、大切に育てられ、
両親から殴って叱られるなんてことは、まずないだろう。
問題は、学校を卒業して社会に出てからだ。
社会に出ると、いきなり上下関係ができ、指示命令が飛び交う。
自分のペースでゆっくり仕事をこなしていくわけにはいかなくなる。
当然、自分の気に入らない上司同僚もいるだろう。
そうそう、周りは自分に合う人ばかりではないはずだ。
きっとこれからは、楽して儲けたい、自分のやりたいことをやって
暮らしていきたい人が多くなるのではないか。
自分の意に沿わない仕事なら、もうやらないよ、仕事辞めるよ。
ホームレスなりニートのほうがましだ的な発想もありそうで、怖い。
じっと耐えた先に幸せが待っていることを学ぶことは難しい。
自分のこつこつと積み上げた小さな努力が、いつか実を結び、
それを見る幸せがあることを学ぶことは難しい。
これから老いていくアラかん世代は、これからの若い人の考え方を
受け入れる鍛錬でもしないといかないのだろう、か?
(消えてしまったブログが出来がよかっただけに、今回のブログの出来は、
相当残念な出来栄え。
前の消えたブログを100とすると、今回のブログの出来栄えは、68点。
残念極まりない。)
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(おおおおっ、消えてしまったと思ったブログが
下の方に残っていました。
さあ、どちらのブログがお好みでしょうか?)
今の若い世代の幸福感がだんだんとおかしくなって
きているのではないか?と先日のこのブログで書いた。
色々と便利な物が、自分の周りに満ちあふれ、しかも
簡単に安価に買うことができるようになってしまった。
物を手に入れることによる幸福感は、この段階ですでに
満たされてしまっている。
子供の数も1、2人と少なくなってきていて、両親に
大事に育てられている。
加えて、昨今では学校の先生ですら生徒を簡単に
殴って叱ることができなくなってきている。
叱るにしても、言葉を選んでパワハラにならないようにと
気を使いながら叱るときたもんだ。
家庭でも両親に大事に育てられ、学校でも叱られることもなく育ち、
嫌なことは、避けて通ることを覚えてしまいそうな雰囲気だ。
で、その後どうなるかと言うと、
楽して儲ける事が、一番の幸せみたいな感覚にとらわれそうな
気がするのである。
言葉を変えると、自分のやりたいことをやって儲ける、暮していく、
そんな事がその人の信条になりそうな気がして怖い。
うまくいかなきゃ、ホームレスなりニートなりになりゃいいみたいな
短絡的な発想が、普通に生まれてきそうな土壌が、もうしっかりと
出来上がってきている。
今の便利な物に満ち溢れている若い両親が育てる子供が、
どういう風に育っていくかは、もうここで論じなくても、普通に分かる。
これから老いていくアラかん世代は、それらのことを普通の事のように
受け入れる鍛錬をするしかないのだろう、か?