今週何曜日かに、お寺さん(菩提寺)に行ってきた。
施餓鬼法要があるので、ご都合がよろしければ、来て下さいねという
お寺さんからのご案内(郵便はがきにて)あったもんだから、行ってきた。

施餓鬼(せがき)と言われても、今でこそネットがあるから、
その気になって調べれば、それなりの答えが得られるかもしれないが、
調べたとしても、ピンと来ない。

お彼岸にしてもそうだ。
秋分の日で、学校がお休み、祝日というのは分かるが、それ以上の
知識はアラかんには持ち合わせていない。
せいぜい知っているのは、昼と夜の長さが同じという日ぐらいだ。

この年になって、この年のおやじが、何も知らずお寺さんに行って法要を
受け、ついでにお墓参りをしてくるだけなのだ。

そのことが、ここにきて漠然とした不安感ではないが、これから先
次の代とかになったらどうなっていくなのだろうかと、妙な心配に
変わってしまっていた。

お墓の存在自体も、最近ではどうよって思うようになってしまった。

息子の代に変わっていき、はたして息子のお嫁さんがお墓のお守なんか
やってくれるんだろうか?

そうこう考えるうちに、自分の葬式はどんなふうにやろうかまで、
妄想がふくらみ、困った困った。
お葬式に何百万円もかけるんだったら、生きている人たちに使って
欲しいなあなんて所まで考えてしまったお彼岸の日であった。