学費を納めなかった日から、
1日が経過しました。
今日からは少し気分を新たに、
ブログのテイストも
「自分らしく、ありのまま」に
書いていこうと思います。
実は、
最終学費引き落とし日の前日である22日に、
旦那さんが大学へ電話をしました。
大学側からは基本的に、
親側へ連絡が来ることはありません。
だからこそ、こちらから確認を入れました。
電話で確認したのは、
今後の証明書についてです。
大学側によると、来月15日付けで
「大学除籍」が確定するとのこと。
その後、
我が家に除籍証明書が届くそうです。
ここで、旦那さんが質問しました。
「このことは、娘には伝わるのですか?」
大学側の回答は、「わかりません」でした。
……それだと、こちらとしても困ります。
いま、私たちから娘に連絡は取れない状態。
だからこそ、大学側から
除籍のお知らせをしてほしいと伝えたのですが、
「そのようなひな形(書類)がない」
との回答でした。
それなら、
親に送る証明書をコピーして娘に送ってほしい。
そう旦那さんが食い下がると、
前回、
大学側がこちらとの約束を破ってしまった手前…
気まずさもあるのでしょう。
「コピーを郵送する」ということは、
しぶしぶ承知してくれました。
親が送れば一番いいのかもしれません。
でも、親からの封書は
見もせず捨てる可能性がある。
大学側からの封書なら、
さすがに捨てはしないだろうという苦肉の策です。
ひとまず、一つずつ、終わっていく。
そんな感覚です。
ここからは、私の本当の本音です。
「大学に行く意味ってなんだろう?」
本当に大学へ行きたいと本人が思うのなら、
行けばいいと思います。
でも、我が家のように
「やりたいこともないのに、
何となく高校の流れで行く」
…のだとしたら、
全く意味がないと、今は思います。
特に我が家の場合、
「いま何も決められないなら、
大学に行ってから
やりたいことを見つければいい」
と、旦那さんがよく言っていました。
でも、我が家にとっては、
これこそが
無駄だったのだと痛感しています。
もちろん、みんながみんな、
大学で何も見つけられないわけではないことは分かっています。
新しい環境で目標を見つけて、
輝く子がたくさんいるのも知っています。
ただ、我が家のように意思が弱く、
人に流されやすく、
我慢が苦手なタイプの子には、
都会の大学は向かなかったのだと思います。
そして何より、
そもそも勉強に興味がないのに、
「大学へ行かせるべきではなかった」と、
今ものすごく後悔しています。
大金を無駄にしたかもしれない。
世間一般の「普通」からは外れたかもしれない。
でも、私はへこたれていません。
これが我が家の現実。
仕方のない、通るべき道だっただけ。
ここから、また進んでいきます。