結局、いろいろなことが明らかになり、
娘は本人の希望で、
大学三年生の後期から再び休学することになりました。
この休学に、いったいどんな意味があるのか。
私にはまったく理解できませんでした。
娘の姿を最後に見てから、
すでに一年以上が経っていました。
そろそろ、いろいろなことが落ち着いてほしい。
心からそう願っていた、ある日のことです。
入院していた義父――
娘にとっての祖父、
そして旦那さんのお父さんが他界しました。
娘に連絡を取りたい。
でも相変わらず、私たちは連絡が取れません。
代わりに義母と旦那さんのお兄さんが連絡をしてくれました。
ですが、娘の返事は――
「親に会いたくないので、お通夜も告別式も行きません」
でした。
……は?
この人、本当に人間なの?
思わず、そう思ってしまいました。
でも、孫が来ないお通夜や告別式って、
世間一般ではどうなんだろう。
ありなのか。
なしなのか。
たった一人の孫なのに。
しかも義父は、
亡くなる前に娘あてに手紙を一通書いていました。
その手紙が娘のもとへ届いた日が、
義父が亡くなった日だったのです。
それでも、来ないの?
そう思わずにはいられませんでした。
このままではいけないと、
旦那さんがなんとか娘と連絡を取りました。
ですが返ってきたのは、罵声の嵐。
お通夜や告別式の準備、親族との打ち合わせ。
自分の父親を亡くしたばかりの人に向かって、
娘は容赦なく言葉をぶつけてきました。
このままでは旦那さんが倒れてしまう。
そう思い、私が電話を代わると――
火に油を注いだかのように、
さらに激しい罵声でした。
私は一睡もできないまま、
お通夜に参列することになりました。
もう、どうにでもなれという気持ちと。
それでも、ここで崩れてはいけない。
最後まできちんと義父を見送らなければ。
そんな複雑な思いのまま、
時間が過ぎていきました。
そして告別式当日。
あれだけ強い言葉をぶつけていた娘が、
何事もなかったかのように会場に現れました。
親戚の手前、私たちも普通に接しましたが、
「はらわたが煮えくり返る」
とは、こういう気持ちを言うのだと実感しました。
結局、娘は火葬場にも一緒に来て、
最後はきちんと義父を見送ることができました。
そのこと自体は良かったと、心から思います。
でも、私の心の中はぐちゃぐちゃでした。
義父は生前、旦那さんにこう言っていたそうです。
「たった一人の孫だから、やっぱり大学は卒業してほしいな」
その言葉もあり、
義父の葬儀をきっかけに、
再び家族で話し合いをしました。
そして再び、
四月から大学へ復学する方向で話が進み始めました。
ですが――
さすがに、何の条件もなく
「はい、復学しましょう」とは言えません。
いくつか条件を出し、
娘もそれに納得したうえで、
復学に向けて動き出しました。
ところが。
その矢先に、また連絡が取れなくなりました。
もう、何が何だか分かりません。
このままだと娘は四月から再び復学します。
学年としては大学四年生。
でも実際には、
また二年生からやり直すことになります。
いったい、私たちはいつまで振り回されるのでしょうか。
そして、この状況に正解はあるのでしょうか。
そんな自問自答の日々を送っています。
これが、簡単ではありますが、
娘との激動の約四年間です。
でも――
人生は、これで終わりではありません。
ここからどう気持ちを立て直していくのか。
それが、今の私の課題です。