無事に大学に合格した娘。
私は、娘が希望に満ちあふれ、
キラキラとした大学生活を送るのだと、
勝手に思い込んでいました。
でも、娘にとって大学生活のスタートは、
親からの脱出――
つまり、自由を手に入れ、
一人暮らしという「自分のお城」を手に入れただけだったのかもしれません。
慣れない土地での女の子の一人暮らし。
心配しない親はいないでしょう。
大学に近く、治安の良い場所を選んだこと。
大学卒業後や就職後のことまで見据えて揃えた家具や家電。
今思えば、少しやりすぎだったのかもしれません。
そこまでしなくても良かったのかな……とも思います。
そんなふうに、すべての条件が揃ってしまった娘は、
結果として、推し活をさらに強化してしまいました。
三月に地元を離れて引っ越し。
四月には大学入学。
最初の一週間ほどは連絡がありましたが、
五月になると、ほとんど連絡はなくなりました。
ゴールデンウィークも帰省せず、
表向きの理由は「バイトが忙しいから」。
でも実際は、あちこち遠征してライブに行っていたようです。
そんなことになっているとは夢にも思っていなかった私のもとに、
その情報が入ってきたのは、ママ友の何気ない一言でした。
もちろん、悪気があったわけではありません。
当時、子ども同士はまだつながっていて、
そのSNSに、娘がライブに行っている写真が頻繁に上がっていたそうです。
「楽しそうにしてるね!」
そう言って教えてくれただけでした。
そのときの私は、
「そうね。バイトもしてるし、自分で自由にやってるんだろうね」
と、何気なく会話をしていました。
でも――。
その「遠征しているらしいね」という話を、
何気なく娘にしてしまったことで、
私はさらに避けられるようになってしまいました。
今思えば、その頃にはもう、
推し活の範囲がかなり広がっていたのだと思います。
きっと娘は、
「バレた」と思って、気まずかったのでしょう。
結局、大学一年生の前期。
娘が地元に戻ってきたのは、
夏休みの終わり、九月に二泊三日だけ。
たったそれだけでした。
聞きたいことも、話したいことも、たくさんあったのに。
でもその頃には、
娘の中で私は、
もう「敵」のような存在になっていたのかもしれません。
それを確信したのは、
一人暮らしの家へ戻った娘とのやり取りでした。
私は、
「もう少しだけ連絡を入れてくれないかな?
色々と心配だから」
と伝えました。
すると娘から返ってきたのは、たった一言。
『ウザイ』
その一言でした。
そこから、私たちの溝はどんどん深くなっていきました。
今思い出しても、
あの溝は、どこまでも深く、真っ暗なものだった気がします。