2013年1月10日 つづき
自宅に戻り、なんとなくテレビをつけた。
お笑い番組をやっていた。
我が家ではとんでもない事が起きているのに、何にも変わらない日常があった。
何か悪いことでもしたかな?
どうして航平なんだろ?
パパと2人でたくさん話し合った。
・病院のこと
・治療のこと
・兄のこと
ネットで改めて病気のことを調べてみるが、どれも今日受けた説明と同じ最悪のことしか書いていない。その分野を得意とする病院や先生も調べた。
北海道の澤村先生がすぐに出てきて、相談のメールを送ってみた。
朝には返事が来ていて、詳しくは画像を見ないと分からないが、今の病院の診断も治療方針も間違ってない、とのことだった。
そして、遠くの病院で家族が負担を感じるより、近くの病院で予後を充実させた方がいいとの意見だった。
治るのなら、海外でもどこでも連れて行くつもりで検索したけど、良い情報は一つもみつからなかった。
何ヶ所かセカンドオピニオンの予約は入れたが、基本的に車で15分ほどで行ける今の病院で治療を進めていくことに決めた。
そして、当時小学1年生の兄のこと。
航平の突然の入院で兄の生活にももちろん影響が出てきていた。
近くに住む姉や同じ歳のいとこのおかげで、寂しさはまだ感じていないけれど、きっと不安な気持ちはあったと思う。
私が航平に付き添うと、兄には負担をかけてしまう。
でも、どうしても私は航平を1人で入院させることが出来なかった。今日の説明だと、航平はあと1年も一緒にいられないかもしれない。出来るだけ一緒にいたかった。
子どもだから、きっと入院生活にも慣れてくるのかもしれない。
でも、貴重な時間を一緒に過ごせなかったことで私が後悔する。と思った。
もう教育とかしつけとかどうでも良かった。
甘やかしたかった。
これ以上の負担を小さな航平にかけたくはなかった。
航平が個室で入院するとなると、私は24時間病室で一緒に過ごさないといけない。
パパと姉に相談し、個室に入院することに決めた。
パパの朝の出勤時間を遅くしてもらい、兄の登校時間に一緒に出る。
兄は家に帰ったら、習い事があれば自分で行き、終われば姉に電話して自宅まで迎えに来てもらう。夜にパパが病室に来た後に姉の所に迎えに行く。
こんな感じで始めてみることにした。
色々と具体的な話をしているうちに、すこしずつ冷静に現実と向き合い始めていた。
泣いていても航平は良くならない。
先のことはあまり考えずに、毎日を笑って過ごそう!
後悔だけはしないように毎日を精一杯生きよう!
と決めた。
それでも寝て起きたら、何事もなく悪い夢でありますようにと願わずには言われなかった。
長い長い1日。
人生最悪の1日が終わった…