菓子司は「おかしつかさ」と読みます
司は 昔の官職名で「作る人」や「作るところ」という意味ですが
いつから使われているのかは分かりません
和菓子店虎屋の 虎屋文庫に所蔵されている
「江戸買物独案内」・・・1824年
の中で 「水戸御用 京御菓子司」などの記述があり
最も古い文献だということです
京都の人にとって
和菓子は日常の暮らしと密接に結びついた食べ物
なにしろ京都では 1月はこうがい餅・2月は吉祥豆
3月は雛菓子とおはぎ・4月は桜餅と花見団子
5月は柏餅とちまき・6月は水無月といった具合に
月ごとに食べるお菓子が決まっているのです
毎月お菓子屋さんの店先には その月のお菓子がずらりと並ぶ
このお菓子を見たり食べたりしながら・・京都の人は
「ああ もう3月やなあ」などと感じるのです
京都で和菓子が大きく発達したのは 安土桃山時代のこと
茶の湯の発展と共に 様々な茶会用の
お菓子が作られるようになったのです
さらに 江戸中期に朝廷や大名へ献上する和菓子を
作る店を中心とする上菓子株仲間が誕生
それらの店だけが輸入品である白砂糖を使って
和菓子を作ることを認められた
白砂糖を使った和菓子は やがて朝廷や大名だけでなく
庶民の口にも入るようになり 京都の町に浸透していく
さらには
京都の特産品として全国に知られるようになっていくのです
もっとも 京都の人達が日ごろ食べる菓子は
茶の湯で使う和菓子とは異なる
おはぎや大福餅・桜餅といった類で これらは和菓子ではなく
「まんじゅう」と呼ばれ 売っている店も和菓子店ではなく
「まんじゅう屋さん」と呼ばれる
庶民が食べて季節を感じるのも まんじゅう屋さんで買う
お菓子のほうです
京都の人が 「和菓子」と呼ぶと それは
茶の湯で使うお菓子を指す
花鳥風月をテーマにして店ごとに趣向を凝らしたものや
落雁などの干菓子が その仲間に入る


