最近よくドーベルマンズの夢をみるようになりました。
在りし日のドーベルマンズと過ごしたの裏庭

愛犬たちが亡くなってからしばらくは、
目覚めても覚えているような夢はみられず、
それは愛犬たちがワタシの悲嘆がこれ以上
増すことのないようにしてくれていると勝手に解釈しておりました。
在りし日のドーベルマンズと過ごしたの裏庭

夢の中で今は亡きドーベルマンズと過ごしたあと、
いつも思っていたことがありました。
何故人は、亡くなったものを想い出すとき、
良い想い出ばかりを多く思い出すのだろうか?
きっと、、、
日本の仏教の教えも関係してるのかもしれないし、
(生前はどうあれ仏様になった方のネガティブな部分(邪悪・邪念等)は
すでに死後49日の間に浄化されて帳消しになるという教え)
人の脳の働きによるものなのかもしれない。
(記憶はいつのまにか物語化され、編集され 、時の経過とともに内容が変わる)
私たちは、時間の経過とともに、嫌なことや、不必要な記憶をいつまでも覚えていたいとは思わず、記憶から消去したいと考えます。記憶を想い出して、記憶に残したくないことは消去し、残しておきたい記憶を新たな記憶として保持します。そのため想い出した以前の記憶とは、まったく変わってしまうのです。
物忘れと記憶の科学より出典
であるならば!
今、生きているこの時に、
嫌だなぁ~と思う人もいつかは必ず死ぬのだから(自分もだけどw)
いつまでも嫌だ嫌だと心に置いておく必要はないよね~。
もし嫌な人が先に逝ったとしたら、その人から受けた嫌な出来事さえも
自分の脳が自然にサラサラと消去してくれるのだしね。
人間はいつかは死を迎えなければならぬわけだが、
この「死」という出口から見ると、
われわれのやっていることは実に滑稽至極。
小説家:井上ひさし
人間は誰でもいつかは必ず死ぬのだ。
だから、我々が常に考えなければならないのは、
死をまぬがれようとすることではなく、
生きられるだけの時間をどうすれば最もよく生きられるかということだ。
ソクラテス
自分が生きられる時間は有限。
そんな貴重な時間のなか、
嫌だと感じるものにいつまでも時間を費やしている場合じゃないね。
自分の時間を丁寧に使おうと思います。