人間は生きている限り、何かを学び続ける
ーレオナルド・ダ・ヴィンチー
次の本は何にしようかと選ぶとき、
最近はu-nextのポイントを使い電子書籍を購入することも選択枠に入れた。
とはいえ、ついつい無料で読めるものを目は追いかける(笑)
そこで見つけ読んだ無料で提供されていた短編小説に、
引き込まれ、考えさせられ、自分の答えが出せず、心に刺さったまま。
きっと死ぬまでずっと考えさせられるだろうと思う。
小説のなかの近未来、日本にも法律で安楽死が認められることになる。
主人公である夫婦は自分たちが若いときから、老いぼれて身体に自由がきかなくなったり認知症になったりで家族や周囲に迷惑をかけたくはない、
自分たちの命の終わりは安楽死が認められたら安楽死にしようと考えていた。
安楽死が法で認められたのは夫が定年退職の年。
早速夫婦は揃って安楽死登録を行う。
しかしその直後、夫は認知症を患い日々症状が悪化していく。
認知症になった夫から見える世界がとても細かく表現されていて、
ふと我に返ったかと思えば全く別の年齢である自分の記憶のなかに戻されたり、
記憶が日に日に錯乱していく様子が、私の母親(認知症)と重なり
こんな感じなのか・・・と、食い入るように読んだ。
安楽死登録をしていた夫の最期は薬物による安楽死。
家族が見守る中、これが彼(夫)の願いだったからと、
妻や子供たちは納得しながら見送ろうとするが、
当人(夫)は、まだまだ生きていたい!と心の中で叫ぶ・・・。
安楽死についても深く考えさせられる小説だった。
安楽死の是非を問う議論は人間の尊厳と生命の神聖性の対立に直面する。
安楽死に関して私個人は、生命の神聖性を重要視しているので、
生命はたとえ苦しみがあったとしても他者からの死への手助けは借りず、
命が終わるときまで生き抜くのが良いと思うのだが、、、
それは今だからそう言えるだけなのかもしれない。
今現在はオランダ、ベルギー、ルクセンブルク、カナダ、スイスなどの
一部の国で安楽死や医師による自殺幇助が法で認められている。
2025.4 今年もドーベルマンズの裏庭に梅が満開


