次男は五歳の現在まで、障害者手帳を三回も申請しなおしました。
一歳九か月で難聴が分かって、県の聴覚センターでわけもわからず申請してもらった時の等級は四級。
それにしても、なぜ四級??
その時はなんにも考えられなかったから、言われるまま申請してました。
そこの先生が言うには、きちんとした検査が受けられない子には最初から二級にはしないポリシーなんだそう。
検査では、右80デシベル。左計測不能(100以上)
と言われましたが、
音の反応が見られない次男で、80ってほんとなのか疑問があり、そして、人工内耳のことも知りたいと東京の病院をしぶしぶ紹介してもらいました。
「この子には必要ない」
と言われても、疑問があるまますごしたくなくて。
東京の病院の検査結果は両耳とも100超えていました。
地元聴覚センターの紹介状と検査結果を見て、東京の医師は
「なんでこんなウソの検査結果を書いてあるんだ!何を考えているんだ」
と、お怒りでした。
そして、一刻も早く人工内耳をするべきだが、補聴効果を見るために半年必要で、手術は半年後。
訓練が必要なので、今通っている栃木の訓練施設を紹介してもらいました。
この出会いがなければ、今の次男はない。
地元センターを信じていたら、いまごろ言葉で意思疎通できなかったと思う。
そして、東京の病院で二級の手帳を申請。
人工内耳は4級の子は受けられない。保障も違う。
たった数か月で申請しなおし。(´д`lll)
そして、うちの方では幼児の場合、ある程度の年齢になるまで手帳を更新しなければならない決まりがあります。
今回の更新で次男は再交付年月日の欄が消えていました。ヾ(@°▽°@)ノ
意見書に、これ以上障害が軽くならないことを書いてもらったのが良かったかも。
これって、もう一生この手帳のままなんですよねきっと。
意見書も、病院によって値段が違うけれど、今回は1万円も取られてしまった。これがあと何年もは辛いと思っていたところだったので、助かります。
地域によって、時代によって障害者手帳の更新は違うみたいだからどうなんでしょうかとは思います。
ろうのお友達の手帳は成人してから取り直した写真が貼ってありました。
初めて手帳を作った時も、等級が上がった時も、なにが大変だったかって、大きさにあう写真がなかなか見つからなかったこと。。(´д`lll)
再交付するまで使っていた手帳の写真は、台所で餃子を焼いている写真を切り取って使いました。
もっといい写真はその前の時に使ってしまって、これしかサイズが合うものがなかった(´□`。)
この三年。ずっと餃子とともに写っている写真だったのに、手帳を返却してしまい、その写真ともサヨナラ。なんだかさみしいです。
残しておきたかったな~。
つい最近、再交付された手帳は七五三の時のお着物の写真です。(・∀・)
これがサイズぴったり!!
本人もお気に入り。
大人になったら写真をかえられるよね?と思っているのですが・・・
大人になって七五三の写真は嫌ですよね・・きっと
懐かしい思い出としていいかな。なんて思っていますが。
わりと中身を見られることが多いですからね。どうかな。なんとかなりますよね。
大事な障害者手帳。これからも有効に使わせてもらいたいと思います。:*:・( ̄∀ ̄)・:*: