他の多くの動物と違って、人はホモサピエンス一択で、生物的にほとんど同じだ。

(犬や猫含め、他の生物は多様な種がいる)

 

 

だから、機能も大差がない。

 

 

例えば壮齢の若者であれば、100mを10秒〜20秒の間にほぼ全員集約される。

世界最速だって9秒半ば。

 

 

ところが犬だったら多分10秒で走る犬もいれば1分以上かかる犬もいるだろう、と。

 

 

従って、世界に何億人の人間たちには生物的差がほとんどないのと同じで、考えていることも大差がない。

 

全て個体差程度のレベルでしかない。

 

生物の多様性の中でいうと、もはや誤差かも知れない。

(ドーベルマンの気持ちはチワワにはきっと分かりづらいことと思う。)

 

 

 

そうなると、他人を知るには、まずベースとして自分を知ることが結構手っ取り早いのではないかとか思っている。

 

 

 

自分が何を考えているのか。

 

なぜそうしたのか。

(もちろん自分を知ることはメチャクチャ奥深く、玉ねぎの皮をめくって行く作業に近い)

 

 

 

その自分をベースにした人間理解の上に立って、どういうところは万人にほぼ共通していて、どういうところが多様なのか。

 

つまり、自分の感覚の何は他人も同じだと推定できて、どういうところが千差万別なのか、みたいなこと(何が定数で何が変数なのか)。

 

 

 

言いたいことは、人間は均質だ、という結論ではなくて。

 

 

基本的に大騒ぎするほどの差はない、

だけれども、その中で多様な個性があるよね、

 

 

という身もフタも内容も無い話。

 

結局、回り回って何ひとつ新しいことは言っていない。

(玉ねぎをめくっていったら結局真ん中には何も無かったよう。)

 

 

 

とかなんとか、近所の犬を見てて思う。

 

いろんな犬が家の前を散歩していくからな。

 

 

 

こういう、

こねくり回した結果、なんの中身もない普通のことを言っている話、

個人的にしょーもなくて好き。