「燃えるゴミ」

「燃えないゴミ」

 

という言葉は大学生で1人暮らしをするようになってから、

何となく好きではなかったなー。

 

 

というのは、

「燃えないゴミ」って、書いてあるけど、

ほとんど燃えるじゃん。

 

正しくは

「燃えないゴミ」ではなくて「燃やさないゴミ」

「燃えるゴミ」ではなくて「燃やすゴミ」

だ。

 

 

だから、言葉でちゃんとするなら

「燃やすゴミ」「燃やさないゴミ」

なのであって。

 

 

で、

そもそもこれの何が好きじゃないか、大人になって気づいたんだけど、

うーん、でも言葉にするのが難しいんだけど。

 

本当は「燃やさない」という意思決定の結果なのに、

「燃えない」という物理に責任を押し込んでいるというか。

選択の結果で「燃やさない」にしたのに、そこが「燃えない」ということでアンタッチャブルになっているというか。

 

これの本質は、

そういうしきたりだ、伝統だ、そういうもんだ、とすごく似ている気がしているんですよね。

 

これ人間が決めた再選択可能で、あくまでただの線引きの話なんで。

 

物性として「燃えない」「燃える」の区分けではない。

(そもそも燃える燃えないは条件次第で、燃えるかと言われれば全部燃える)

 

「燃やさない」ことにしたのか、「燃やす」ことにしたのか、

ただの線引きの話です。

 

とかゴミ出しの日に思う。