どんな時でもどんな相手でも

話せば分かる、正しいことは通用する

 

というのは、幻想(ファンタジー)。

 

 

幻想(ファンタジー)とまでは言い過ぎか。

しかし、少なくとも一般性は無く「特殊条件下」でのみ通用する話だと思っておいた方が健全だ、という話。

 

 

そもそも話し合いが機能するのは、

 

◆話合いで進めるという真の姿勢をお互いが持っている

 

ということと

 

◆力関係がそれ相応に均衡している(互角で無くても、相手も痛い目見ると思っていること)

 

という条件付きだということは理解されておきたいところですよね。

 

つまり、

そのどちらかが無い場合は「話し合い」の体は取っていても、実質話し合いではない。

(警察権、強制執行力が機能する場合は後者が担保されているが、国際社会の場合等は強制執行力が事実上存在しない)

 

 

さて、そういう話合いに於いて、

 

「納得できない」

という場合、

 

話し合いの内容や、示された科学的根拠に本当に納得できない、

という額面通りの場合よりも、

 

交渉戦略として「相手の非として責めること」が目的であるから

(そして別テーブルや別タイミングでバーターを取りに来る)

そもそも納得するどころか徹底的にほじくり倒し厄介な問題に仕立て上げる、という場合が当然多い。

 

 

つまり、「納得できない」に対し、

どんなに説明を尽くしたとしても、それは関係ない。

 

 

そういうケースであるのに、科学的根拠をもっと示して、とか、もっと話合って、

とか言っているコメンテーターがいるのですけども、

ちょっと、そこも見えてないのかよ・・・と思ったりします。

 

 

そもそも話せばわかる、通用する、ということが「特殊条件下」にのみ機能するルールなんで、

そもそもの前提を見誤っているよ、

そのゲームルールが適用される場ではないよ、

という。

 

 

そして、何か相手が怒った時に透けて見える

「怒らせたらこっちが悪いみたいな」

条件反射は何なんだろうか。

 

 

怒ろうが怒るまいが、おかしいもんは、おかしい。

 

だから取るべき手は、なだめるでも説得するでもなく、分かってもらうでもなく、

リスクに備えるため現実的に対処する、仕組みを変えていく、ということを通して、

相手の交渉戦略を無力化していく、ということ一択なんですよね。

 

 

ということを、テレビでコメンテーター見て思った。