鏡音さんの新曲出来たよ!
「とある少女の決意表明」
曲そのものは半年ぐらい前にはすでに出来ていましたが
「作る」ということに飽きていたので、しばらく放置してました。
それに曲調が今までのものとは違う系統なので
やるべきかどうか悩んでもおりました。
先月終わりぐらいにようやく重い腰をあげ
取り組み始め、お盆のヒマなときにチマチマやって
昨日、やっと完成した次第でございます。
今回はPVを作るのをあきらめ
静止画のみの簡単な作りとなっています。
また曲の構成も複雑にはせずに単調な繰り返しに終始することで
アニメソングっぽくなりました(笑
そうです。
イメージはアニメのオープニングなのです。
アニメソングというのは、今まで軽視してましたが
オリジナルで作成された出来栄えが
非常に優れていると気付いたのです。
考えてみれば、わずか1分弱の中で
視聴者を惹きつける要素が必要なので
どれもみなとてもキャッチーで親しみやすいメロディと
なっていました。
だったら今回それを意識してやってみよう!ということです。
一番苦戦したのはやっぱりアレンジでした。
リズムパターンから装飾音など
全体的に違和感なく流れなければいけないと
勝手に解釈していろいろ試行錯誤して
そしてようやくそれっぽいかなーというアレンジが固まり
なんとか仕上げましたがいかがですかね~?
今回は少しヒットを意識しましたが
再生数伸びるかな~?
やっぱり無理かな~・・。
とりあえず次回もこの路線でいこうかなーと思います。
やっぱりリンちゃんはこういった曲調がよく合います。
というわけで今回の新曲をお聞きください。
少し音質が軽い気がするのはエンコードの仕方を間違えたから?
音圧も低いし。
もう少しミキシングと動画作成の勉強をしなければ・・・。
アニソン風味でピリリと辛くない
お盆休みが終わってしまった。
どうして休みはこんなに早く過ぎるのでしょう。
というか1日がものすごく早く終わるのは何故?
チビの頃はとてつもなく長かった気がするんだけど。
今じゃほんとにあっちゅうーま。
ぐだぐだしてたからかなー。
でも何もしていなかったわけじゃーありません。
鏡音さんの新曲をちまちまやっておりました。
曲はずいぶん前に出来ていたんですけど
どうにもこうにもいろいろと面倒なので
ほったらかしでございました。
それがようやく、ほぼ9割ほどできあがりました。
Act2はさすがというべきか、
ほとんどデフォルトでしっかり発音してくれます。
いくつかの音はやっぱり何をどうしてもうまくいかないのですが
まあ、そこはそれ、ごまかしごまかしでございます。
全体的にこもった感じになるのでEQで上げていますが
それにしてもこの伸びのある声量はいい。
あとはミキシングなので、数日もしたら公開できるでしょう。
PVをどうしようかまだ悩んでますが。
今回の曲は今までの私の曲とはうって変わって
めちゃくちゃポップです。
というかアニソン風味です(笑
アレンジもそれっぽく聞こえるようにしてみました。
個人的にはわりと好きだったりします。
さて、これが終わったら次はバンド用の新曲を完成させなければ。
一人で地味に忙しいのでした(笑
これでいいのだ
赤塚不二夫の葬儀でタモリが読み上げた弔辞。
いくつものブログでも書かれてますけど
あれ白紙でしたね。
内容もさることながら全てが印象に残る素晴らしいもの、
一言で言うなら、最高の芸でした。
弔辞の中で印象的な言葉がいくつかあります。
以下引用
「そして私に「おまえもお笑いやってるなら弔辞で笑わしてみろ」と言ってるに違いありません。あなたにとって死も1つのギャグなのかもしれません。」
「死」というものをギャグにしてしまったのならば
タモリの弔辞もひとつのギャグなのでしょう。
お互いの最高の芸のぶつかり合いという気がしてなりません。
この二人にしかわかり得ない、またなし得ない、
人生という舞台で最高のオチをつけた究極の芸。
これこそが「笑い」という芸の真髄であると思います。
文章を読み上げれば普通になる。
かと言って、遺影に向かってあふれる言葉を紡げば感傷的になる。
そのどちらも二人にとっては意味のないこと。
死んでやった、さあ返してみろ!というフリがあり
読んでいるフリしながら白紙だぞ!どうだ!
という返しがある。
ありきたりのことを嫌うこの二人。
世間を斜に構え、反骨心で既成概念を壊そうという二人。
その集大成がこの弔辞の「芸」ではないだろうか?
松田優作の斜顔の遺影もかっこよかったけど
タモリの弔辞も最高にかっこいい。
人によっては不謹慎だと思う人もいるかもしれないが
僕は「死」というものをギャグにしてしまったこの二人の掛け合いを
究極の芸としてしか見ることが出来ない。
こんなに素晴らしい芸を見ることができてよかった。
ただのギャグとするならそんなに面白くはない。
この裏に隠された慈愛と尊敬と感謝と、お互いの生き様
二人で最高の芸を見せ付けてやろうぜ!という気迫。
それが感じられたからこそ、この弔辞は究極の芸であると思えるのである。
いや、究極の愛なのかもしれない。
「私もあなたの数多くの作品の1つです。」
だからこそのこの弔辞なんでしょう。
最高の作品としての集大成。
それらのすべてを掌握し肯定し受け止めさらりと流した一つの言葉こそが
これまでの、そしてこの日のすべてを表しています。
「これでいいのだ。」