医療行政と国民の感覚はなぜ乖離する?~医学の素人が真剣に調べた結果 | どや顔社長 後藤 専(たかし)のブログ ・ Takashi Goto" the smug face"

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貸しビル・接骨院経営を頑張る東京の社長のブログ。世界のみんなをどや顔にします~!
Making many "smug face" from Tokyo.
Sending various message from one President in Tokyo.

まず、私の立場を明確にしておきます。

医者ではないが統計なら読める経営者。従業員43名。年商ざっと7億。

なんとか騙されずにここまでやってきました。新規事業する際にはまず「徹底的に疑います」。

新型コロナウイルスワクチンには懐疑的。

この写真は2024年の夏、レプリコンワクチン反対デモに参加したときのもの。

デモにしょっちゅう参加するタイプではありません。

 

医療行政を単純に悪魔化せず、感覚に乖離が起こるのはなぜかを調べました。

なぜなら、このままの状態を延長すると誰も幸せにならないと悟ったからです。

 

国民の意識と医療行政の感覚の乖離

 

これまで厚労省の副反応検討部会(ワクチン接種の副作用を検討する会)では

新型コロナウイルスの評価は「重大な懸念は認められない」。

先日開催された部会でもそのような趣旨が議事録に公表されています。

 

一方で、国民側はどうか。

大阪大学国際共創大学院の研究(2022年~2024年)では2022年から2024年でワクチン接種希望者は51%から19%に急減

高齢者を対象にした調査でも接種対象者であると認識している群は半減しました。

 

現在の構図「あなたの家族の死亡はワクチンとは厳密な意味で無関係」(副反応検討部会の見解)

ただ、厳密な因果関係はなくとも疑いはぬぐえないので補償はします。(被害者救済制度の存在)

厚労省の副反応検討部会を悪魔化することなく、冷静になぜこのような乖離が起こるのか。

 

乖離の正体「ブラッドフォード・ヒル基準」(ヒルの基準)

 

現在、FDAやEMA、MPDAが広く参考にしている医薬品と副作用の因果関係に

ヒル基準というものがあります。

もともとの由来は1965年に英国の免疫学者・統計学者Sir Austin Bradford Hill

が発表した論文。喫煙と肺がん論争に使われました。

張り付けた論文が示すようにもともとの趣旨は視点を多角的に考えましょうというもの。

9つの「観点」(=基準という言葉は使用されていない)

1.強度

2.一貫性

3.特異性

4.時間性

5.生物学的勾配=容量反応

6.妥当性

7.整合性

8.実験

9.類似性

 

この「9つの観点」は現在「9の基準」となり、広く採用されています。

例として1の項目「強度」のハードルの高さを検討します。

ある医薬品の投与でギランバレー症候群(GBS)の症状が発出したとします(副反応報告があった)。

因果関係を証明するには

・GBSの自然発生率は年間10万人当たり0.4~4人程度

・この医薬品が原因とするには10万人のコホート(追跡)調査が必要

・数件もしくは数十件の差異が認められる

現在は、これを「自主的な報告を待つ体制(VERS,副反応疑い報告)」に頼っています。

「巨大サンプル待ち」状態になる。

 

高いハードルですが、過去に採用された例は存在します。

・ロタウイルスワクチン(1999年)

接種後数週間以内に腸閉塞は報告(リスク20倍以上、1~2週間の集中、複数研究)

・喫煙と肺がん(ヒル基準のそもそもの由来)

相対リスク9~30倍。禁煙でリスク低下を確認。

そのほか、アスベストと中皮種の関連などが存在。

 

日本で4億回超の接種を行った新型コロナワクチンとがんの因果関係を証明するには

1.最低でも数百万~数千万人の追跡調査:非接種群と接種群のがん罹患率を解明

2.追跡期間:5年~10年:がんの潜伏期間は長く(数年~10年超)1年程度では無理

さらに大規模なアウトカム分析(遺伝要素などを考慮)。

「不可能」といってもいいレベルです。

 

医療行政と製薬企業の一体化現象

 

このように様々な医薬品の副作用を証明しようとすると「毒」

レベルのものでないかぎり、国家を挙げた大規模調査が必要になっていまう現状です。

では、なぜこの基準が長く運用されてきたかを考えるとどうしても

医療行政と製薬企業の一体化を取り上げざるを得ません。

 

誤解のないように。

金銭で癒着しているクズ集団のせいだと言いたいのではありません。

 

FDAを例にとります。

・業界手数料:FDAは予算の半分以上を製薬会社のユーザーフィーで成立させている

・回転ドア:FDAは退職後、高給で製薬企業に移籍するケースは32%

 

新薬を作ろうとしても。

・「基礎研究の段階」でも医学会が関与

 学会の費用はその時点ですでに賛助会員(大手製薬企業)がスポンサーであるという事実

・候補物質が見つかると大手製薬会社がライセンスを取得

 大規模なプラセボ試験などは数十億の費用。国の機関などでは不可能

・承認やマーケティング

 専門家といわれる人はすでに大手企業資金に依存

 

これまでも大手製薬会社は国と一体となって「国民の健康」を担ってきました。

強調しますが、新しい医薬品は製薬会社の協力がないと成立しません。

そういう仕組みです。

 

意識の乖離を止めないとお互いが不幸

 

「国民の感覚」と「医療行政の基準の問題」はこのままだと解決しません。

国民側「こんだけ被害があるのになぜ中止にしないのか?」

医療側「因果関係ありません。なぜなら厳格な基準があるから」

背景にはこれまでも国民の健康を担ってきた製薬会社の存在があります。

 

また続けます。