(カバー画像は和歌山の田舎にあるポスター〕
幸福の科学の原点をふりかえる2
やっぱり思っちゃう❗️もっと広がらなかったか「幸福の科学」ということで様々な観点から、1981年からの40年を振り返りたいと思います。
3.「宗教と悟り」の親子学、法灯の継承学の必要性
天理教教祖中山みき先生による映画の参考資料としての霊言がありました。
その中で、大川総裁の肉体的な父と母である善川氏と富山氏は大川隆法氏に成り代わりたいと思い、
嫉妬していたらしい件についても、軽く見解を述べておきます。
「自分が救世主のようになりたい、ブッダやイエスのようなポジションになりたい」、という心情は、ヒーロー願望のようでもあり、ある意味、素晴らしいものであるとは思います。
ただ、一歩間違えたら、究極の自己拡張欲につながることと背中合わせの世界でもあります。
それに加え、
救世主やそれ以上の存在で生き抜くということは、
個人の因果の理法で完結する人生ではもはやなく、
地球人類、さらに銀河の因果の理法に直接関わるとなると、この世あの世問わず善悪いろんなものが大量に多様な手段で関わってくるはずですので。
かなり大変なはずです。
因果でいえば、それもまた仏が、
多様性と発展を想った因による結果でもあるかもしれない。
まあこんな内容は素人の憶測より、
仏陀ご自身のお言葉で語られるのが正道でしょう。
話が大きくなりましたが、要は血縁と悟り、年齢と悟り、立場と使命、などの関係の話ですね。
これは半永久的に続く課題です。
対策のご法話も、断片的にはすでにいろいろあるとも思います。
でもたぶん、これらを好き好んでまとめる人はいないので、、、
後世の者による勝手な解釈や過度な妄想、安易な宗派の設立を戒めるためにも、
法灯を支えるための教え その具体例、
親兄弟でも師弟の厳しさを、心情を踏まえつつも真理に基づいてきちんとまとまった形で現すことは、
現在および後世の役に立つはずです。
(私の個人的な気持ちは、若き日の勘違い、うぬぼれ、行き過ぎ、退廃、体感による試行錯誤の時期があってもいい。
悟りの階段から転げ落ちたり、周り道も、自身の器を広げたり、多様な悟りの道のひとつと思っています。しかしその状態で、僧団の責任者などになられると信者、天上界を含む人類みんなが困ります。
なので、責任ある立場になられるのはなるべく控えたい。このへんはアウグスティヌスに語らせたいですね、笑
ただ、仏陀としては「私欲や自我の戒め」および「全てのものよ、向上あるのみ」「無限に良きものを目指せ」というところに本意が現れている印象があります。)
中山みき霊言の意図は「あまりお二人を持ち上げないように」という過度な神格化防止という配慮もあったかもしれません。
古参メンバーはどのグループ内でも称されますが、だから即、何でも素晴らしいことにはならないでしょう。
でも、実地的学びの塊の父と、学才高き兄をもったことは現代の宗教家としていい家庭環境だった気は改めてします(^^)
きっと、いろんな形で代わりもおられたのでしょうが、やはり身内は高い信頼関係があるので、
デリケートな面を支えあいつつ、やりやすかった面はあるでしょう。
左翼系の善意に舗装された思想の克服には手を焼かれたようです。2000年前後でも大変でしたし、1970年代は大変だったかと思われますね。
実行レベルでも個人や組織規模では克服されています。
国家規模、世界規模となると現在もなかなか大変なご様子です(^^)笑
一筋縄ではいかないのは宗教史からみても想像できるのですが、、、
いざ目の当たりにするとしんみりもしますね😭
他人事か‼️
もうちょっと仏陀の時代における阿閦如来的な動きがあってもよかったなあ。
景山民夫さんや小川知子さん、渡部昇一先生、渡辺宏照先生、、、
関西でも四天王寺の住職とか真言宗のトップレベルの方とかまだまだたくさんおられる(た)のですが、
彼らをまとめて知識人、有名人による言論教学の集まりでも作って発信力を強化すればよかったのかなあ。
サロンみたいなものを作って交流しながら共に活動していく流れもあったのだと思います。
まだ非会員の有名人、知識人も安心して、みんなで学べる場はあってもよかったのかな。
今だったら霊言を出した有名人の方に勉強会の招待状を送ったり、いろいろ広げていけたかもしれません。
後の祭りのところもありますが、、、
ちょっと単体の力に頼りすぎ、言論による集団戦はあまりできなかったのかな。
歴史家のような視点からは素直にそう思います。
私も実行者のレベルで克服していかないとなあ!
次回に続きます。
今回はあえて、
3代にわたり.法の根幹を作り続けておられる大川家のみなさまに感謝を込めて🙏