9月21日のニュースでアメリカやフランスなど世界各地で地球温暖化に反対するデモが行われました。
主催者発表によると数十万から数百万名の参加にのぼるようです。

1人のスウェーデンの少女の座り込みにはじまり広がっていったそうで若い方も数多く参加している模様です。
「大災害の原因は温暖化だ」という専門家の説があり、その危機感から大規模になっている面もあります。



1.私個人の感覚として

私は小学生の時、環境問題に大変関心があり、ドラえもんの環境学習漫画をボロボロになるまで読み込み、
クラスでみんなに話したり、リサイクル運動を展開したことはあります。

なので心情的に彼らの行動に親近感を抱くし、
まだすれていなかった小中学生時代なら何らかの形で呼応していたかもしれません。

20歳以降は、なぜか左翼っぽい、ところも感じ、
なにが客観的事実なのかわからなくなっていき関心もなくなっていきました。

もし災害発生が地球温暖化によるものなら、デモ市民のすることは生活の自己防衛という当然の義務によるものだと考えます。

どんな形にせよ、彼らが政治や社会に関心を持ち真剣に考え、巨大な国家や大組織に、正義感で主張していることは素晴らしいと思います。



2.神仏として

ただ、天上界におられる神仏としては、幸福の科学の書籍を読む限り、あまり温暖化反対デモには賛成されていないようではあります。
参加者1人1人の善意はともかく、結果としては、


「市民デモが間違っている」ということです。


私の理解している範囲でざっくり言うなら、神仏の主な想いとしては、


・温暖化より、環境政策による発展阻害や寒冷化の方が問題。

・信仰心を失いつつある人類への警告


ということだそうです。
2番目は世界各地、古から言われていることではありたすが科学が発達してから、あまり言われず、それどころか、

日本では、いざ神と災害を結びつけると、マスコミに叩かれる恐れがあります。
2010年の石原慎太郎元都知事の例があります。




3.天災は真理のよすがとなるか?


1.2を踏まえて、私は誰にどう思われようとも「天災は真理を拡げる絶好の機会でもある」と主張したいと思います。

日本でも大きな台風があり千葉県を中心に大変なことになっております。

少なくとも。


1.災害の真の原因および地球環境を動かす真のファクター

2.温暖化の是非に関する神仏の見解

3.学生や環境活動組織の動きを是々非々で価値判断


このあたりは、真摯にきちっと日本に世界に伝えていく必要があるものと思います。それは救世主とその団体の役割のひとつでもあるでしょう。


市民側には、理由はどうあれ「このままじゃなにかがいけない」という危機感は切実なものがあるのだと思います。

しかし、
その答えは政府も市民も専門家もよく分かっていないのだと思います。


そのクエッションに幸福の科学は応えられるか?


私は幸福の科学運営ではないので、

応えるタイミングは今が最善かはわからない。

大人の事情や行動の順序があるのかもしれない。
戦術的にはもっと危機になったほうが話に耳を傾けてくれるのかもしれない。


あるならそれを軽視するつもりは一切ありません。

過去に、鎌倉時代の日蓮の如く「ノストラダムスの大予言」のようなキャンペーンをされ、結果、不安を煽ったと解釈されたのもあったのか、「あまり悲観的な予言をするのはよくない」という教団の経験値があるとは思います。ならば!

「その時の心はどうだったか?」と問いたいと思います。不安で一気に広げようとしたのか?真理を伝えて広げようとしたのか?

当時の教団全体として前者の気持ちが多く混じっていたのなら、世界宗教幸福の科学においては大きな成功を収めない気はします。

不安を広げてどうこうするのではなく、不安を消すために真理を広げるのみ。


または問題を解決できる未来産業を編み出すのみ、



そしてもっと単純な視点では、
無私で社会を変えようと動いていて、複雑で大きな問題とぶつかっていて、「神の声をこの問題に関して知りたい。聴けるものなら聴きたい。」と切に願う声が世界中から届いているならば、それがどんな問題であろうと、


それに応えるのが救世主であり仏陀であると思います。


私には、頭の柔らかい10代、20代の参加者も多いところはもはや環境問題や天災を「真理の縁にせよ」という神意すら感じてしまいそう。



世界においても、日本においても、

「それが真の災害支援である」と私は信じています。












香港の現状

SNSが自由に使えない、つまり政府批判も自由にできない、というのはやはり大きなことだなと思います。

中国はさらに独裁国家の本音をむき出しにした行動に出てきます。
それは中国人民のためですらない。為政者の野心と欲望とメンツに支えられた古代専制のような国家であることが判明した。