パッチギ批評




という訳でパッチギ批評。

さんま&そのまんま東知事の対談だけはチャンネル変えましたが、笑。




ほぼ冒頭から喧嘩です。井筒監督の十八番。迫力があります。

しかしなぜ京都の高校が京都に観光してるんでしょうね?博多弁も混じってたので博多のバスかもしれませんが、その辺がすっごい分かりにくく曖昧でした。


この映画は


1、京都の学校(不良)同士の喧嘩


2、ギター少年といわば敵側の学校の不良リーダーの妹との恋愛


3、不良リーダーと女性の恋愛と出産


この3つの流れを軸にストーリーが展開されます。

そこに米ソ冷戦、学生の闘争、ヒッピー文化や当時の音楽など様々なもので色付けて生きます。



その中で印象に残った言葉。


飲んだくれ「酒飲んでええ加減なことばっかりしてたら・・・こんな風になってしまうぞ。」


立派な人が言うよりある意味、説得力があると思いました。反面教師。でも昼から飲んでいるという姿もまた人生の理想像の一つではあったりしますけどね。



もう一つは・・


店の女将?「明日、戦争に行けって言われたらどうする?」


というおばさんの軽い口調の聞き方が良かったなと。主人公も「学校があるから・・」とか軽く答えるんですが、見ている人は一瞬ドキっと考えさせるような質問でした。

でもその前に市井の人たちが戦争や政治について語り合う感じが不自然でした。セリフがあまりにも、まとまりすぎ。

監督の考えを伝えたい事を市井の登場人物のセリフを通して伝えようとする事は表現として難しいことであると思います。しかし私は、多少セリフは分かりにくくなったとしてももっと普通の会話っぽく崩してもよかったと思います。台本に偏りすぎ。説教臭い違和感を指摘しておきたい。


まあ、過去の営業回りの仕事で昼休みのとき食堂で暇つぶしに他のお客の会話を聞いてた経験で書いてますけどね、笑。彼らはこんなきっちり語りません、笑。語れる人もいるだろうけど。

でも語れなくても、本質をズバっと突く発言がたまに聞けるから面白いんですけどね。それは論理、理屈からじゃなく急にパッと口から出るものなんですよ。そこが現せられていない。(めっちゃ細かい指摘、笑)


「朝鮮人になれる?」のシーン。(ちなみに写真はDVDじゃなく全部今日のテレビです。一発撮りです、笑。もはや井筒監督のカット割りを見切った。)


二人の恋愛に対する国籍の壁を改めて認識させるシーン。「お前が日本人になれ」と返して欲しかった。っていうかリアルに考えればまだ高校生なんで結婚は考えなくてもいいはずですけどね。「早いっちゅうねん。」



また騙されるシーン。この俳優、アホ面の演技がうまいですね。うまいというか分かりやすいというか・・・


このあとその騙したヤツが事故で亡くなるのですが、これがもう「ストーリーを作った後の、ほつれた部分」の穴埋め感がバリバリでした。(こういうことばかり気にすると映画を楽しめないのですが・・・)感動を生むシーンの下準備のために殺すのがイヤ。たぶん、喧嘩相手の日本人の学生に殺させようと思ったんですけど、それじゃヤバいから、ここでやったんでしょう。


だから朝鮮人の日本人への怒りがもう一歩伝えられないんです。映画がパワーダウンしても学生が学生を殺すシーンはしないという事に迷いながらも決めたのだと推測します。「場面をつなごう感」を感じました。




ちょっと飛んで山場。


前に書いた3つのシーンが一気に山場になります。


1、京都の学校(不良)同士の喧嘩


2、ギター少年といわば敵側の学校の不良リーダーの妹との恋愛


3、不良リーダーと女性の恋愛と出産



これは1.井筒監督の職人技が見れました。本当の鴨川なのかな?だとしたらそれなりに上流ですね。舗装されてないんで、笑。


これは・・2ですね。

これは3、出産です。



これも2なんですけどね。女性側。


ここはお見事!!ここの映像の切り替え、静と動、喧嘩と出産など反対のものをぐるぐる回しての表現は素晴らしいと思いました。


ただここで先ほど書いた事故で亡くなった人の葬式をするんですが、ここにギターの日本人が来るわけです。そして朝鮮人の大人がよってたかってこの人に過去の戦争や朝鮮人差別、強制労働?などの問題を一気に投げかけるわけです。意味が分からん。高校生に言っても仕方がない。泣かれても。大人としてどうなのか?を問いかけたいです。それにこの亡くなった人は日本人にやられたという訳でもない。交通事故なので。(これも監督の伝えたいことを伝えるための監督なりの表現手法だと思います。あまりにも伝え方が不器用ですね。)



夜の病院に出産に立ち会うためにアンソン(不良のリーダー、その子の父親)が駆けるんですが、明らかに薬局受付。薬局は閉まっているはずです。(細かいなー)



ラストシーン。


とにかく主人公の歌が、そして恋愛は国境を越えるみたいな結論にしか思えなかったんですけどね。


喧嘩と戦争をつなげて考えさせようという意図も見えました。喧嘩や恋愛は見る側にとって身近な問題なのでイメージしやすいけど、戦争と民族問題は見えにくいじゃないですか、それを井筒監督なりに身近なものとして見る人に考えさせたかった、感じさせたかったとは思います。


監督自身は「この映画は国や団体から抗議が来るギリギリのところです。」と言ってましたが、この程度じゃ抗議は来ない。30年前の状態ならいろんなところから猛抗議が来て、伝説の映画になったでしょう。今だと単にノスタルジックになってしまっている感もありました。


自分が監督の意図とは恐らく違うところで感じたのは知識層も市井も左翼思想が蔓延していたはずなのに、北朝鮮人(韓国もだけど)は敵国なので差別する矛盾があるのが不思議でした。政治思想以外に民族というベースがあって政治は動くのだなということを改めて感じた事ですね。



以上です。