夜。
それは星の煌きが集まる場所。
夜。
それは涙を流す場所。
夜。
それは勇気をもらえる場所。
ボクはまだ眠れずに居た。
虫のさざめき。葉のこすれる音。
ボクはこの時間が大好きだった。
大きな月の下で、小さなボクがこの大きな星の上で体を休めていた。
小さなころから考えていた。この星たちはいつからそこにあるのだろう。
明日も同じ星を見れるのだろうか。あの星はどれだけ手を伸ばせば届くのだろう。
ボクはその小さな手の平で大きな月を捕まえようとした。
ボクはついに月と会話してしまう。
「お前はボクを弱いと思うか?」
その小さな手のひらに隠れた月は何も言わず、ただボクたちの住む星を照らしていた。
なんだか月は、ボクを励ましてくれている気がした。
勿論、そんなことが気のせいであることは分かっている。
「ありがとう。」
ボクはおそらく届いていないだろうこの声を、その月に向かって囁いた。
ああ。ボクはあと何度この月を拝むことができるのだろう。
そんな未来を楽しみにしながらボクはそっと目を閉じて、明日の修行に備えた。
さっきまで鳴いていた虫の声がやんだ。
朝が来たのだ。
朝というのはなぜ静かに来てしまうのだろう。
挨拶もなしにやつらは現れ、何も言わずにまた消えてしまう。
それと同時に。
ついさきほどまで近くにあった師匠の気配も完全に消えた。
いや。
目の前に居た。
刹那。
風の切れる音が頭上から聞こえたのだ。
肌と風が擦れる音。
この音は嫌いだ。何度聞いても聞きなれることはなかった。
完全に目の前まで来たその肌はボクの顔を捉えることに失敗した。
外したのではない。
外れたのだ。
この世界では、ボクの体の方が軽いからだ。
「ふん!」
師匠だ。
この声は紛れもない。幾多の戦場を駆け抜け、幾多もの屍を超えてきた。
目は使えずとも、今まで鍛えた感覚がその危険を察知する。
殺しにかかってきているのだ。
ボクはすばやく受身の態勢に入り、風と同化した。
受け止めようとも思った。
だが、全身の骨が砕けるほど、今日のコブシは強烈なものだった。
その瞬間。ボクは師匠がコブシをふりあげた背後に回りこむ。
スライディング。
違う。
それはスライド。つまり地面と接していないと意味にはならない。
ボクの風を切るそれとは、全く違かった。
まず、足が地面に触れようものなら、それこそ火に油。
師匠は体の回りを地面と足の甲を接しさせながらボクの足を狙う。
ボクは転び、またコブシが振り上げられることだろう。
髪が動きに間に合わず、おでこをなぞり、少しくすぐったかった。
だが、いやな気分ではなかった。
むしろ、心地よいくらいだ。
なおも師匠はコブシを振り下げるモーションの中。
今日は早い。明日からはもっと本気出してよけないと頭が卵のように
「ぴしゃ」と割れるだろう。
地面が割れる音がした。
自分が寝ていた場所が砂煙で見えなくなった。
「ドシン!!」
そのコブシと地面がたたきつけられる音で、ボクは目を覚ました。
ボクは鼻をすすり、髪を整える。
その音が鳴り止み、ボクは今日の第一声を言い放った。
「おはよう、師匠、今日もいいコブシだね!」
師匠はパイプを手に取り、煙を吐いて見せた。
その師匠の顔は、今日も笑っていた。
「いい動きだ。飯にしよう。」
師匠はコブシについた砂を払い、コブシをぼくの目の前に突きつけた。
ボクは無意識にニヤリとして、コブシを師匠の大きなコブシにぶつけた。
これはボクと師匠の挨拶だった。