サラリーマン回想録・・・素敵な出会い、忘れられぬ体験

サラリーマン回想録・・・素敵な出会い、忘れられぬ体験

30年近くサラリーマンをやっていると
随分たくさんの人との出会いもありました

上司、部下、同僚、取引先社長、様々なお客様・・・

印象に残っているマネジメントやビジョン
運用の仕組み、失敗談などを回想し
綴ってゆきます

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前述の通り、私はブランドマネージャーという立場で

全国300人以上のの営業関係者と一緒に仕事をしてきました。



作った製品の思いを伝えるためにできる限りたくさんの営業マンたちと

直接話すように工夫をしてきました。

全国40箇所の営業所を年に6回以上訪問し、ほぼ全営業マンと

同行セールスをし、一緒に売り歩き夜は夢を語り合いました。




これだけたくさんの営業スタイルを見たおかげで販売の本質が

見えてきたように思えます。

この経験をさせていただいたことは本当にありがたいことであったと

今でも感謝しています。




今回は「成績No.1の営業マンの戦略」をご紹介します。






私は3年連続でトップを独走している営業マンに興味を持ち

彼がどうやって売っているのかをこの眼で確かめたくなり

九州へ出かけました。



そのトップセールスマンは九州営業所のK君といいますが

いったいどのような戦略で3年間も数字をキープしているのか?

秘密は何なのか?




彼が宿泊出張で、販売実績No1の得意先に行くというので
営業に同行させてもらいました。



売り場は長崎県で地域1,2を争うほど大きな家具専門店でした。

店長さんに持参した手土産をお渡しし、

挨拶を済まし売り場に行きました。



売り場に着くと売上げナンバーワンのチーフが接客中でした。


気がつくとK君の姿が見えなくなっていました。

私は一人で売り場のチェックを始めました




売り場のレイアウトはごく普通で販促物やサンプル、POPなども
特に変わったものは無く標準的なものが使われていました。

売り場や展示に秘密がありそうには思えません。

K君はどうやって売上げを稼いでいるのだろう・・・?




その時店内でK君の姿を発見しました。

彼はチーフが接客している場所から少し離れた柱の影から

チーフを見つめていました。

接客の手伝いをするわけでなくただ見つめているだけでした。

いったい彼は何をやっているのだろう?




通常の売り場応援ではメーカー社員は

販売員さんが売り易いようにとか、

製品説明の補助が必要な場合にすぐ駆けつけるような範囲で

さりげなく作業などをしているものです。

あんなに見られていてはチーフも接客しにくいだろう思いました。




K君は少し離れてはまたチーフを遠くから見つめまた居なくなるを

繰り返しました。

商談の結果、当社の製品が契約となりました。


K君はその後も他の販売員さんにも同じような行動をとっていました。



その日の夜にK君に尋ねました


「K君はチーフや販売員さんをじっと見つめているけどあれはわざとなの?」

「はいそうですね」


「一緒に販売したりしないの?何で見つめているの?」

「普通じゃないかもです、あはは」



結局彼からは成績の秘訣を聞きだすことができませんでした。




翌日も同じ販売店に訪問しました。

この日の目的はチーフのセールストークを習得させていただきました。
さすが売上げナンバーワンの方のお話には説得力があり
具体的なたとえ話など大変良い勉強をさせていただきました。

チーフとはお昼ごはんをご一緒させていただきました。
理念や武勇伝などをお話いただいた後、単刀直入にお伺いしました。



「チーフ、実はK君の成績が良い秘密を知りたくて長崎まで来ました。

しかし、判りませんでした・・・チーフは何だと思いますか?」




チーフは大笑いした後に秘密を解説してくれました。



「K君はずるいよ」

「えっ?なぜですか?」




「そりゃそうだろ、人が接客してるのに飢えた野良犬の如く

悲しそうな目で心配そうに見つめられたら他のメーカーは売れん」




えっ、そんな理由???



「あいつは他のメーカーの商品を説明したら泣きそうな顔になる」

「売ってやると子犬の様に喜びよる」




販売員さん全員がK君が居なくてもどこかでK君が見ているように思い
また、売れたときのK君の喜ぶ顔を想像し、
ついつい商品を売ってしまうそうです。



そうだったのかK君、

そんな雰囲気を創りだして販売員さんの心を捕らえていたんだね。




ルートセールスは
「最終消費者と接する小売店の販売員さんの心を、如何に捉えられるかが勝敗を決める」ということを
再認識させてくれる有意義な体験となりました。


私自身もかつて22ヶ月連続100%を達成し

全国一番の成績を残せたときに

たくさんのお得意様の販売員さんに

かわいがっていただいていたことを思い出しました。


日常の業務に忙殺され基本的なことを忘れていたことを反省しました。

営業マンの中には大手の取引店に入り浸り、

私たちにはまねのできないような巧みな販売トークで

始終販売活動をしている者も居ましたが

決して彼らが売上げで全国トップになることはありませんでした。



本人がいくら売りまくっても所詮は一人の力。


「売っていただけるたくさんの方たちの心を捉えたものの方が大きな実績となる」

そんなことを改めて教えてくれた貴重な体験となりました。


ルートセールスに携わっておられる皆様

だまされたと思ってぜひ一度お試しになってはいかがでしょう。
























































今回の主人公は長野県で歯科医院を経営されているOさんです


Oさんは私と年齢が同じであるということもあり

公私共に語り合うことも多い方です。

Oさんのマネージメントは不思議で究極のマネジメントなのかもと

思うことがあります


それは「何もしない」ということなのです。


ある夜Oさんと話す機会がありました。

以前よりOさんの職場のスタッフさんの雰囲気が独特なのが

気になっていて質問をしました

「O先生、スタッフさんが自主的にテキパキと動いている上に

 お互いがフォローしあっていますがここまで育てるのに

 特別な訓練などされているのでしょうか?」


Oさんはしばらく考えてから

「自分でもわからないんです」と答えられました。

「スタッフさんで悩まれている方は多いですよ、どうしたら先生のところのようになるのかとても興味がありますよ」

またしばらく考えた後

「本当にお恥ずかしいほど何もしていないのです」

本当のことを言われていると思いましたが、

言っていることを最初は素直に受け止めることができませんでした。


Oさんによればここ3年ほど誰もやめていないし医院の雰囲気は

過去最高だと思うとのことです。

それが、たまたま人に恵まれたのか、何なのか本当に理由が判らないと言われるのです

そして、いつまでこの状態が続くのかも

まったくわからないそうなのです。


Oさんの予想外の回答について最初は理解ができませんでした。


Oさんは開業して20年以上経ちますがスタッフ関連では

本当に悩んできたそうです。

いろんな方のアドバイスや書籍も読みあさりセミナーにも参加。

社労士さんのアドバイスにより就業規則も完備。

海外旅行にもみんなで行ったし、誕生会やイベントも盛りだくさんだったそうです。

さらにスタッフさんには交通費や食事代付きでセミナーや研修にも

費用を惜しむことなく参加させたそうです。


しかし、社員旅行の翌日に退職願いを受け取ることが何度も繰り返されたのです。


Oさんは悩みに悩んでスタッフさんたちと話し合いをして

昇給や休暇など彼女たちの要望を極力取り入れたりもしましたが

状況は変わらず、結局従業員を雇うというのはこういうものなのだと

あきらめて本当に毎日がいやになっていったそうです。


でも自分が経営者で責任者であるため気を持ち直し

一生懸命に取り組んできました。

新人が入ったらマニュアルを渡し懇切丁寧に指導し育成を試みました。

しかし、育ったかなと思うころに退職の意思表示をされて

しまうことの連続を、断ち切ることができなかったそうです。


ノイローゼの手前になり閉院も考えましたが

患者さんや家族のことを考えると

実行に移すことはできず何年も辛い日々を送っていたそうです。


最後に疲れ果ててマネジメントに関することをほとんど何もしなくなり

唯一患者さんにだけは優しくしてくれたらそれだけでいいよとだけ

伝えて干渉をしなくなってしまったのです。


なるようにしかならない、自分が壊れるよりマシだというように

考え、破れかぶれだったかもしれなかったと回想されています。


ちょうど古いスタッフがほぼ全員辞めてしまい

新しいスタッフばかりのタイミングでした。

いつもなら精力的に育成に時間をかけていたのですが

診療するだけで精一杯で手が回らなかったというのが

本当のところだったようです。


ところが予想に反して育たないと考えていたスタッフが育ち始め

自分たちで考えて行動をしはじめたのです。

唯一のミッションである「患者さんに優しく」にも忠実に。


Oさんは彼女たちの自主性に任せほとんど干渉しませんでした

干渉しないことは公私共に徹底してみました。

休み時間にも何も話さないし、終了時にはお疲れ様としか

話さないそうです。お互いプライベートで何をしているか

まったく知らない状況です。


問題があったら相談事はスタッフさんの方から必要時にのみ行われ

実際にも問題は起こっていないようです。

問題になりそうなことはスタッフさん自らが判断し

報告連絡相談を自主的に徹底しているようです。


仕事外の時間を使っていた、セミナーや旅行などの勧告を廃止

旅行は希望者のみ参加とし、不参加の場合は旅行費用を現金支給し

使い道は任せているということです。何に使ったかの報告も不要。


セミナーも自主的に申告があれば費用を負担するが強要はしない。

レポート提出や発表も不要。


この方針を続けたところ雰囲気は格段に良くなり効率が上がり

そして3年間、誰も辞めていない結果につながっているようです。


今のOさんの最大の関心は

「彼女たちがちゃんと結婚できるだろうか?」だそうです。



「何もしないマネージメント」


最初は理解できなかったですが実は他の歯科医師や経営者の方からも

同じようなお話をお伺いするにつけ

実は正解なのかもしれないと思うようになったこのごろです。















ずいぶん後に知ったのですが

Nさんは自分の下部組織のみだけでなく

他の部署に対しても同じように接していました。


作りすぎて余剰在庫に困っていた工場の商品の拡販や

新商品開発のリサーチ支援をしたり、

工場の開発社員の説明会を受け入れるなどグループ社内の他の部署の

依頼に関しても断ることなく接していました。



何かあった際には、通常なら断られるようなことでも工場をはじめとする他部署は率先してNさんを助けたのでした。



関西のある社員がとんでもない受注のミスを発生させました。

このままではお得意先に大変な迷惑がかかるばかりか、信頼関係も

失ってしまうほどのミスでした。


このとき、すべてのラインの生産をストップさせ、必要になった商品の生産に振り替える離れ業を実現させたのもNさんの人間性です。



私が開発部門に移って工場を訪問したときに、販売会社からの納期短縮要求を、生産管理の担当者が工場長に相談している現場に

偶然居合わせたことがあります。


豪放で有名な工場長の声が工場の事務所中に響き渡っていたため

全員が聞き耳をたてていました。


「この時期に生産計画を組みかえれるかどうか考えたらわかるだろう?

いったいどこの馬鹿がそんな依頼をしてきているんだ?」


「関西のN営業推進役です・・・」


「Nさんか・・・それは断れんなあ・・・ははは・・・

現場の責任者を呼びなさい、今からすぐに対応するように、残業も認めるから最短で行ってくれ」


Nさんマネジメントは、カンバン方式で緻密に組まれている工場の

生産計画も変えてしまえるパワーがあったのです



Nさんのマネージメントは一朝一夕に真似ができるものではないです。


マネージメントには色々なスタイルがありますが、

私が「北風型」ではなく他人に優しく愛情と思いやりたっぷりの

「太陽型」マネージメントを

目指したいと考えるようになった大きなきっかけをいただいたのは

Nさんとの出会いでした。

凍りつくような雰囲気の中で朝礼が終わりました


「大阪集まれ~!」 

「京都集合~!」


朝礼の終了と同時に堰を切ったように所長やリーダー役達が

大声でメンバーに声をかけ始めました

そして、各営業所ごとの輪があちこちで出来上がりました


「おまえらさっきNさんみたやろ?Nさん泣いとったぞ

この中でNさんの世話になったことが無いやつ手を上げろ?」


誰も手を上げません、上げれません・・・


みんなは目をらんらんと輝かせ次の言葉を待っています

「すぐかかれ~! 一人でも多く来ていただける様に動け~!」


営業マンは仮設電話や公衆電話に向かって一斉に走ってゆきました

ビルにある各階すべての公衆電話が社員によって埋まりました

当時は携帯はおろかポケベルもまだない時代でした。


各自顧客に対し新春展の電話勧誘を自主的に始めたのでした

仮設電話には長蛇の列ができましたが

だれかれとなく「一人2分で!」と書かれた紙が行き渡り

大雪の中、次から次へと電話の勧誘は行われていったのです




その年の新春展は3日間の開催を終えて

悪天候にも関わらず過去最高の動員記録を更新しました

関西の営業がひとつになった瞬間でした


後で聞いたのですがNさんをみんなの前でしかりつけた重役は

社員が電話をかけている様子を見て

「よっしゃ、よっしゃ」とうなずきながらにこにこしていたそうです。

実はNさんと重役は無二の雀友で、Nさんをうまく利用することで社員の気持ちをまとめたのでした・・・

重役もなかなかの方です(笑)




Nさんが普段から北風型のトップダウンマネジメントを行って社員をあごで使っていたなら

こうはならなかったのではないでしょうか?


西日本のナンバー2という実はとても偉い方なのにみんなと同じ目線で愛情を持って分け隔てなく

接していただいたのでした

当時Nさんに頼みごとをされて断れる社員は一人も居なかったはずです

各所長も営業マン時代にはNさんに世話になりっぱなしばかりでした。



西日本全部の営業マンがNさんのために自主的に動いた

すばらしいマネージメントであったと思い出しています。




翌朝の朝礼ではNさんからお礼の言葉がありNさんは半泣きでありがとうを繰り返しました。

社員みんなも半泣きになりました。


重役の講話も印象に残っています

「昨日はご苦労さん、みんなのおかげで関西がかつて経験したことの無い動員記録を更新できた。

ありがとう。みんなの底力を見せてもらったよ!

これからもNと会社を助けてやってくれ、ほんとうにありがとう」

重役が社員にありがとうと声をかけるのは異例で、これもまたみなの胸に刻まれたのでした。

この年の新春展は温かい思い出です・・・(Nさん逸話に続く)

サラリーマンを30年近くやってききますと

随分たくさんの方との出会いがありました

数多くの貴重な出会いや経験の積み重ねの上に

今の自分があるのだなと実感します


マネージメントにもそれぞれ個性があり

「うまいな~」とか「響かないな~」とか感じてきました。


そんな中から印象に残っているマネージメントを回想してみたいと思います



一番最初に思い出すのはNさんです


Nさんは営業本部西日本営業推進役という肩書きをお持ちの方で

私たち不良社員(笑)が絶対にクビになってもおかしくないようなことをやらかしても

「しゃあないな次から気いつけるんやで~っ」と怒られるどころかかばっていただき

「気にして事故すんなよ」などとやさしく気遣いいただきました


お得意先へ謝罪に行くときも聞きつけてわざわざ付いて来て頂いたり

落ち込んだときにはおいしいものをご馳走していただいたり。

西日本の営業社員のほぼ全員がそういう経験を持っていたと思います。


営業所にこられたときも「お~どうや調子は?」と全員のことを気にかけていただいていました

役員によっては夜にお供させられることも多かったのですが

Nさんは「おまえらたまにはうまいもん食ってこいや、領収書もってこいや払ったるわ」とか

「遅くまで仕事すんな、はよ終わって体休めなあかんぞ~」と声をかけていただいたものです

みんなからは仏(ほとけ)のNさんと呼ばれていました。





勤務していた会社では正月に全国10箇所以上を新商品とともにキャラバンする「新春展」と6月から始まる中間発表の「内見会」の二つの展示会を開催していました

新春展は毎年1月の初めに大阪会場からスタートするのが慣わしでした。



今でも忘れられないのは1989年の新春展大阪会場での初日の朝礼でのできごとです。

西日本の15箇所近い営業所から200人以上の社員が集まっていました。

鏡開き、社長の新年の挨拶、新春展の主旨説明、商品開発担当の商品概要説明など例年通り朝礼が進行して行きました。


ところが、Nさんが本日の動員予定状況を発表中に関西担当の重役が突然Nさんの言葉をさえぎりました・・・


「N!ふざけるな!なんだその動員予定は!」

「おまえこのイベントにどれだけの経費がかかっているかわかっているのか?何とか言ってみろ!」


200名の社員を前に、Nさんは感極まって何も話せなくなり

涙目になりました

この年は降雪など悪条件が重なり過去最低の動員予定状況だったのです


数分してNさんは真っ赤になった目で弱々しく

「みんな搬入で疲れて大変やけど何とか頼むわ・・」と言い

凍りつくような雰囲気で朝礼が終わったのでした・・・(続く)











一眼レフで一番のお気に入りは

CONTAXです


このボディは初期のRXです


オートフォーカスは無く

マニュアルフォーカスのみです


このカメラ

ファインダーをのぞくとぞくぞくします


CONTAXレンズ

50ミリのPlanarと80~200ミリVarioーSonnerの二本だけですが

どちらも大好きです


うるむ 語る





50/1.4Planarの点光源ボケ、いい味です・・・




うるむ 語る





T*コーティングも素晴らしく

ポジで撮ったときの独特の色は

はまってしまう方が多いのも仕方ありません(笑)



うるむ 語る






モノクロでもレンズの表現力があるため

楽しめます






うるむ 語る



本当に撮ってて楽しいカメラですが

デジタルに変えてからは

出番がありません・・・・・・・・・







知り合いの家で飼っているワンちゃん


原因不明の皮膚病に・・・






いつもの獣医さんに連れて行ったところ


注射し薬をくれました


2万円払いました



数日しても治りません・・・





妙な病気だと困るので


地元で有名なおおきな動物病院に・・・


散々待たされ、薬と注射 約2万円・・・


しかし、治らず・・・




今度は少し調べて


よさげな動物クリニックに行きました


「アレルギーですね食べ物から変えないと治りませんよ」


ここでは高額な治療費の他に何万円もする


ドックフード買わされたそうです




こんなことしているうちに、皮膚病はものすごくひどくなりました・・・








困りきって、ダメ元で家の近くで昔からある


お年寄りの獣医さんのところへつれてゆきました


「これは寄生虫だよ、この薬で治る」


¥5000でした




二日後うそのようにけろっと治りました






今回だけは、たまたまだったのでしょうか?・・・


ものすごく、ものすごく、考えさせられる話です











きれいな夕焼け空


オレンジ~濃紺へのグラデーションがとても 素敵 ☆=


夕日が川面に写って・・・





うるむ 語る









みたいな写真ですが、


実は川面ではなく


下半分は、車の屋根です・・・(笑)



お散歩カメラ  レンジファインダー編です



うるむ



バルナックライカのⅢfです


Dr.コトー診療所にも出てくるんですよ♪



左上の大きなダイアルを回すと

シャーッターが切れるようになります


沈胴式のズミクロンというレンズが付いています

(ちなみにこのズミクロンは試作品です)

沈胴式というのは撮影するときに

レンズの先端部分(5ミリくらいの輪の部分)を伸ばして撮り

普段は胴体の中に格納(沈んでいる)仕組みです


ファインダーはのぞく場所が二箇所あってひとつは全体の構図

もうひとつは望遠になっていてピントを合わせるのに使います


フィルムの装填が大変です

買ったままでは装填できないので

先端8センチくらい分を半分の幅になるようにカットします


底板をはずして装填するのですが

慣れるまではフィルムを何本かパ~にしました・・・


シャッター音も独特です

湿ったシュッって言う音です(笑)


一枚撮るまでにものすごく手間のかかるカメラですが

とっても楽しいです♪


以前アップした猫ちゃんの写真のモノクロは

このカメラで撮りました




このカメラはシャーッター幕が壊れてて(笑)

本当は修理が必要なんです

撮影枚数の三分の一はどこか変です(笑)


しかし、これがまたなんともいえない雰囲気を醸し出す事があり

修理するかどうか迷ったままです



うるむ

上の写真空の部分、縦に「しましま」わかりますか?




うるむ

この写真は上半分が写っていません(笑)










でもこんな写真になることもあるんですよ








うるむ


うるむのお気に入りのひとつ

「Natsu No Hi」です


この写真は良く「何のソフトで加工されていますか?」と

聞かれるのですが、実は縁のトリミング以外全く加工していないんです

縦じまは、壊れているシャッター(布製)の模様みたいなものです(笑)





また、想像以上に

きれいな色にあがっていることもあります

(本来このレンズはカラーが苦手なんですが)


うるむ




使いこなすまでには

まだまだ時間がかかりそうです





お気に入りのお散歩カメラ♪


CONTAX T2です





うるむ



レンズはONのときだけ飛び出し


OFFのときは収納されます



うるむ



そのレンズはとっても、ちっちゃいけど


驚くほど良く撮れる時があります




うるむ




いつも現像をお願いしている写真館の奥さんから


「この写真はどんなカメラで撮られたの?」って聞かれたのも


このカメラでした




うるむ




但し、ピントがあってるかどうかは運次第 にひひ




うるむ




うるむ