こんにちは。Jukool BLASTの塾長、吉田憲司です。
これは「BLAST from the Past」とでも名付けましょう、「過去から照査された思い出」というようなシリーズです。(前回の「501」からスタートしましたが、書き始めはこちらが最初でした)
何を隠そう、塾長、いまだに「スケーター気分」が抜けきりません。
いい歳こいて、お恥ずかしい限りです…
しかし、これだけは、しかたがないかなと、あきらめています。
だって、球技は何やってもたいていダメ、走ったり飛んだりも人並み以上にはできない。
どこから見ても、体育会系とは縁遠いキャラです。
子ども時代から、そうでした。
そんな男が、高1の冬休みあたりに、よく行っていた公園で、中学時代の同級生が、〝おかしな乗り物〟にチャレンジしていた姿を見たのです。
これが、スケートボードとの最初の出会いでした。
(写真は、60年代を意識したハンドメイド・スケートボード です)
それは、いまのような7プライの板ではなかったように記憶しています。
一枚板に、幅の狭いトラック、黒いローラースケート用のようなウィールは、ローラーベアリングだったかと思います。
キックがついていたかどうかは、定かではありません。
デッキの中央に貼られた、サンドペーパーのようなテープが印象的でした。
その友達に、頼み込んで乗せてもらうことにしました。
正直言って、前後左右に不安定で、滑ることができなかったように思います。
この日は、それで終わりました。
この出来事と前後して、書店で、「ポパイ POPEYE」というおかしな名前の雑誌に出会います。
高1の冬休みに、西高ではスキー合宿があり、その装備を揃えるために、知り合いの山屋「アルプ」に出入りしていたのです。
そこには、この面白そうな雑誌「ポパイ POPEYE」がいくつか、置いてありました。
当時、スキーの練習用として、ストックを持ってスケートボードでトレーニングしていた店長から、いろいろと教えてもらっていたのです。(ちょうど今の市姫周辺の住宅地ではなかったかと思います)
そのせいもあって、初めて書店で買った「ポパイ POPEYE」は、まだ創刊してからまもない「17号(セーター特集)」でした。
(↑ネット上から拝借しました)
この後、「ポパイ POPEYE」から、スケートボードの知識を手に入れることになります。
しかし、70年代後半には、情報雑誌はあっても、もちろん、ネットなどはありませんので、「イエローページ(職業別電話帳)」でいろいろなところを調べて、電話をかけて、自分の目と足で情報を得るという時代でした。
また、このやり方を提唱していたのも、「ポパイ POPEYE」であったと記憶しています。
「姫路市」の「スポーツ店」の欄で、めぼしいところに電話をかけて、「スケートボード、ありますか?」とたずねます。
「あります」との答えがあったお店に、自転車で出向き、予算と合うようであれば購入という流れとなりました。
2〜3軒回った中で、なぜかしら、釣具店に置いてあったスケートボード がいいように思えました。
それは、今考えると、70年代中期以降に流行ったスケートボード の流れからは、「随分と取り残されたもの」であったのですが、高校時代の塾長は、それを買うことになります。
真っ赤なグラスファイバーのデッキ、ローラースケート用のようなトラックとウィール。
このウィールも、ローラーベアリングでした。
デッキテープはなく、グラスファイバーの表面に凹凸をつけることで、その代わりをしています。
おそらく、当時のことで、予算との関係もあったのかと思いますし、お店の人に「適度にしなるから乗りやすい…」などと説得されて購入したのかと思います。
自転車の後ろの荷台にゴムで縛り付けて、家まで帰った思い出があります。
その後は、チックタックを練習したり、キックフリップを練習したり、ウィーリーを練習したりと、この旧式のボードで、いろいろなことにチャレンジすることとなります。
この間も、雑誌「ポパイ POPEYE」では、常に、最新情報が更新されていきます。
また、「スポーツノート」というシリーズで、「スケートボード」が出されたりすることで、自分の持っているスケートボード が「何か違う」ということにも気づき始めます。
先ほどの「アルプ」に出向いて、いろいろと話をすると、「スケートボードなので、(釣具屋ではなくて)サーフショップではないのか…」という意見も聞きます。
「サーフショップ」…、そんなものが世の中に存在するなど考えてもいませんでしたので、姫路にあるかどうかも分かりませんでしたが、また、イエローページで調べることとなります。
「バナナーズ」というサーフショップが、当時は、福中町にあるということを知り、地図で場所を確認し、高校の帰りに立ち寄ったりすることとなります。
西高の2年生にとって、当時のサーフショップは、完全に「異界」でした。
それまで、見たこともないサーフボードがいくつも立てかけてあり、店内はワックスとお香の甘い香りが漂っています。
昼間なのに、ネオンサインがついています。
バリ島にあるお面のようなものや海外の駄菓子なども売っていて、見るもの聞くものすべてにカルチャーショックを受けます。
ハットをかぶった長髪カーリーの、よく日焼けした男性が、店長です。
何度か、ここに通ううちに、「ドッグタウン」というメーカーのスケートボード が、自分には合っているように感じます。
「ポパイ POPEYE」や「スポーツノートシリーズ」だけでなく、日本製のスケート雑誌や、丸善で「スケートボーダーマガジン」なども買っていたので、多少なりとも、自分の好みが確定していたのでしょう。
「DOG」と「TOWN」を中央の「O」の文字でクロスさせたロゴがかっこいいと思ったのでしょう。
「DOG TOWN」の十字を囲むようにして描かれた動物のスカルと広がるウィングのデザインに惹かれたのでしょう。
最初は、名前など知りませんでしたが、ウェス・ハンプストンという、「ドッグタウンスケーツ」のグラフィックを手掛けていたデザイナーのプロモデル(シグネチャーモデル)だったのです。
「このトラックがあるから、これつけとき」と言われて、新品か中古かよくわからない「トラッカートラック」の(確か)フルと「ロードライダー2」という赤いウィールで組んでもらいます。
デッキテープに「DT」の2文字が浮き出し、カッコいいものでした。
このボードを持って、岡山県邑久郡にあった「フリーウェイ・スケートボード パーク」に通い始めます。
(おまけ)
数年前に、ひどい骨折をして、一時はスケートボード を断念したのですが、インスタグラムに上がる、ランス・マウンテンのこの一言を読んでから、気持ちが変わりました。
Skateboarding doesn't make you a skateboarder; not being able to stop skateboarding makes you a skateboarder.
- Lance Mountain
「スケートボード をしているだけじゃ、スケートボーダーではない。スケートボードがやめれなくなって初めて、スケートボーダーになるんだ
ー ランス・マウンテン」



