前に考察して少し書いたことに、加筆して・・・。



「努力は必ず報われる」というのは嘘である。

艱難辛苦の末、どれだけ努力して作った作品が、誰にも見向きもされないとか、
一生懸命、誰かに認めてもらおうと、試行錯誤した結果、全く実りが得られないなど、
そういうことはよくあることだ。

いくら頑張っても報われない努力はある。夢は信じ続けても、必ずしも叶わない。
それは一つの摂理だ。

「それならばわたしは、もう努力などしない・・・」。そう考えるのもいい。 
しかし、あなたが努力するのは報われるためなのか?そんな考えは損得勘定に縛られた下劣なものだ。

周りに認められるための努力?勝つための努力?
そのとき、努力(というそれ自体、行為であるもの)は結果を求めるための道具に堕している。
自意識の欲で、くすんだ努力であり、行為である。



では、真に輝く振る舞いとは何か?それは「絶対に報われないとわかっていても努力すること」だ。
何かを得るためでもなく、誰かに認められるためでもなく、ただ行為だけが存在する。
行為だけが存在する時、はじめて、心身が啓示を享けるがごとく光り輝く。 

「信じれば夢は叶う」から信じるのではない。叶わないと絶対にわかっていても、信じるのだ。
そのさまは、端からみればきっと醜いだろう。
他者からみれば何をしているか(何のためにしているか)、全く見当もつかないからだ。 



・・・しかし、自己に立脚しているなら、それだけで、いいのだ。
自分の心のうちに、強烈に自己を信じる力があれば、
そして、人に嫌われることも、好かれることも恐れなければ、
誰からも、肯定などされなくても、あなたはあなたを信じ続けられる。

クリエイティブな、新しい考え方やモノは、そうした醜いまでの自己への準拠を経て、はじめて生まれる。


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