「7)管理職は管理が出来ない」という課題について感想を書いてみたいと思います。会社の中は全て管理という言葉によって成り立っています、単純な毎日の社員の入退社管理から費用の大きい役員報酬管理まで多種多様な管理があり、その職責によって自身が負うべき管理も異なると思います。そういう意味で考えれば、管理職故に管理の仕事というのがあるというものでもなく、一般社員にも管理という思考は必要であるのは当然と思います。しかしながら、一般社員が負うべき管理と管理職が負う管理とは、会社の中の位置づけにおいて異なるものでもあると思います。
私が27年間勤務していた会社の管理職の動静については1)~6)で述べた通りに、社員の行動の裏側には、無意識のうちに内向性とか自己本位というような意識に支配されているし、感想を書いているだけで役員を含めた社員の業務に対する業務遂行能力とか管理能力の不足があるというが自然と明確になっていたと思います。
管理職が無意識のうちに意識している事は、会社の業績よりも重要なのは自身の保身とか出世であるということであり、自身の仕事の成果に対する満足感は二の次だろうなという風に見えていました。社内の多くの管理職は無意識のうちに、そういう心理に支配されているので、役員から提示されたノルマに対しても疑問を呈する事も無く、単に担当者にノルマを押し付けるだけのメッセンジャーボーイになる事が管理であると勘違いしていたと思います。
管理という観点から言うと、そこには自己管理という重要な視点がずっぽりと抜け落ちていて、担当者がたまたま管理職という能力もなく年功か上司のお気に入りで管理職になっただけなので、役員や事業部長・部長から組織上位順に言われるままに惰性的な仕事をするという姿勢に陥り、そこには最早管理という言葉は入る余地は無いと思えました。自己管理ということが出来ていれば、一番重要な職責である上司から与えられたノルマについて、分析した結果や対策を述べられる筈で、そのうえで自身の最善と考える業務遂行に対する行動を述べられる筈だと思います。
社内には構造的な人事管理に対する欠陥が現れていて、管理職昇進時、業績重視ではなく口先のなめらかさとか上目遣いが旨いとかいう恣意的な意思が入り込み、担当者が管理職に配属されるという事が長年延々と積み重ねられたので、それが社風ともなって会社業績重視ではなく、社内外で事件事故が起こさない方が重要とかいう、民間会社としてはあらぬ方向に進んでいったとも感じていました。そうなると役所根性丸出しの管理職が現れたりすることがあり、会社とは給料を貰うだけの組織で業績などは念頭にも無く、業績は時の流れに任せるという本末転倒な印象を受ける管理職が現れたとしても不思議ではありませんでした。それが現場の管理職だけならまだしも、役員もご同様では最早言うべき言葉も無いと思う時もありました。
民間会社の現場で管理職という職責は、業績目標を達成するために、顧客から始まり予算・費用・部内・担当者等の多種類の管理をこなす能力を求められますが、大多数の管理者は殆どそういう管理は出来ていなかったのではないかというのが感想です。その原因となるのは最初に述べた、内向性とか自己本位という無意識の中にある意識がなせる業であったと感じていました。このような背景から考察すると、管理職全員をリストラしても多分業績は変わらないだろうと思えていましたが、同時に形ばかり重視する身の丈から肥大した組織というものの中身はセミの抜け殻同然とも見えていました。