「6)社員の仕事の取り組み姿勢が消極的傾向」という課題は、職場で色々な人間模様を見て感じていた事でもあります。私が転職した時に配属された部署では、ベンチャー企業同様のどたばたした職場に社内異動で配属されて、経験もない営業職とかを担当させられている人たちには大変な環境変化でもあったとは思いますが、情報処理に対する知見も無いので、当然ながら問い合わせの電話を待つだけの待ちの営業でした。そういう流れが職場の底辺には延々と流れていて、人間というのは自然に過ごしていれば楽な方法を選択するという習性があり、自らが考えて行動を起こすことが出来ない体質になっていったと思います。それが長年続いて、取り敢えずとか目先とかと思われることしか扱えない体質に陥っているのが年配社員に染みついていて抜けなくなっているし、経営を考えるべき役員や管理職もご同様というような有様では、社員の消極的な業務遂行態度に対しては最早や打つ手はないようにも見えていました。
役員や管理職には事業部立ち上げ当初から異業種参入という意識も薄く、情報処理業と自身が長年過ごしてきた親会社の仕事と何が違うのかという事が理解できていないので、自身の行う行動は過去の仕事の流儀からしてすべて正しい、という風に考えることが当然というような雰囲気が生まれていて、そこに独善とか自己中心主義とかいうような意識が生まれ、自身の行動は全て正当なもので、契約している顧客からのクレームや注文は全て正当ではない、と考えてしまう思考が自然と湧いてくるのではないかとも思えていました。
情報処理業の特異性を現すものとして営業スタイルがあります。転職前の会社では頭の悪い社員は営業という高度な仕事は出来ないと言われていました、頭の悪いとは学歴の事ではなく自頭のことを指していて、考えて行動できる能力を求められていました。万年赤字事業部というので管理職は何とか黒字化したいという意識があり、営業担当者には乏しい手元資源でも最大の効果を得るような事を常に求められていました。
転職後の職場では社内異動で配属された社員は、どちらかというと恵まれた環境でぬくぬくとしたサラリーマン生活を過ごしてきたという経験から、考えるという習慣さえすっかり忘れ去っていたという背景もあったと感じていました。そういう社員が営業職に配属されると、営業という職種の名称だけで業務が全て理解できているのだと誤解している社員が多いとも感じていました。それが殿様営業とか揶揄される遠因となったのかも知れないし、情報処理という業務を理解出ないまま、目の前に落ちてくる案件しか対応できなくなっていたとも思えました。受け身で仕事をしているという意識も無く毎日を過ごしていて、そういう仕事の流儀でも何とかノルマをこなせていると、それが当たり前になるという考えが身について、自ら思考するという仕事の流儀は無くなっていたと思えます。
情報処理業では営業職にある社員は常に考えて行動することが求められ、自然と個人が中心で遂行される業務と思っています。業務の遂行上、上司や組織の力を借りることも出てきますが、それも営業職にある社員が業務遂行の筋書きを考えて行っている一連の業務であって、組織の誰かが営業という業務をしているわけではありません。こういう思考が全く出来ないので、社員は消極的であるとも言えると思っていました。それが故に、仕事のできない営業職の社員に限って、仕事は組織で行うものだという発言がでていたのを覚えています。
しかしてシステムエンジニアの場合はどうかと問われれば、日々の仕事に明け暮れるだけの消極的な姿勢が現れて、自宅で技術の勉強をしないシステムエンジニアが多いのではないかという印象をずっと持ち続けていました。サラリーマンを退職後、情報処理業界トップクラスの会社に派遣社員として勤務した経験がありますが、その時に社員や外注のシステムエンジニアの仕事振りというのを見る機会がありました。私が27年間勤務した会社のシステムエンジニアとの技量差は歴然としていてシステムエンジニアの能力差に目が覚めたという印象をうけました、情報処理業の会社の能力格差というのは相当な程度あることが理解できたと思いました。しかしながら、27年間勤務した会社のシステムエンジニアは相も変わらず外注頼みの仕事だろうと想像すると、この先も技術レベルも上がらないのだろうとも容易に推測はできました。